第6話 一日目 1-5


 ジョセフの部屋には計七名が集まってきた。まず神田龍之介と谷崎悠実。加えてボーンズ一行である、ジョセフ、ジョン、ミシェル。それからルウリィ・ブラウン。そしてアンドレイ・アントニー。

 皆、ジョセフにギターの演奏会を開くから来ないかといったふうに誘われたのだ。

 ジョセフの実力は中の下ほど。「禁じられた遊び」と「スタンド・バイ・ミー」といった簡単な曲を弾いていた。弦を指で弾くその動作が少々ぎこちなかったり、たまにコードを押さえる際に小指が追いついていなかったりしていた。神田はそのたび指をぴくりとさせていたが、正直悠実にはわからなかったので曲の演奏が終わった直後、彼は素直に賞賛していた。それは悠実以外の人間も同様で、「お~」と声を洩らしていた。

 時折、神田が「っけ、あれぐらいなら俺でも弾ける」と耳打ちしてきた。初心者相手に何を言っているんだと少々面白おかしく思えてきたが、適当に相槌を打った。ちなみにもう神田は酔っていなかった。どういう体質なんだ?

「ふう、どうだった?」

「いやあ、素晴らしかったです」とルウリィ。

「さすが私たちの息子ね」とミシェル。それに強く同意するように首を縦に振るジョン。

「む」神田が眉間をひそめる。「なにがさすが私たちの息子ね、だ。自分たちの息子にしかできないと本気で思ってんのか?」

 ちょっと所長、と悠実は席から立ち上がった神田をおさえつけようとするが、そんな簡単に彼は大人しくはしてくれない。面倒だ。本当に恥をかくばかりじゃないか。なんで僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。悠実はとうとう涙目になりそうだった。

「あら。ならあなたなら弾けるの?」

「はあ? 論点が違うだろうが。こいつだけができることじゃねえ、他にギターやってる奴らだってこれぐらいはこなせるだろうし、これ以上のこともできる。それを知らねえでさすが自分の息子ってのは間違ってる。そいつが特別ってわけじゃないと、俺はそう言いたいんだよ」

 ボーンズ夫妻が膝にある拳を強く握りしめて神田のほうを苛立たし気に見つめる。心なしか唸り声も聞こえるものだから悠実も

立ち上がり、ボーンズ夫妻の目の前で謝罪をしてみせた。何回かぺこぺこと頭を下げたあとで、悠実は右足を軸にして振り返った。

「神田所長、あのですね。その自分の子供がこうして弾いてみせたから嬉しいんじゃないですか。それこそが特別なんじゃないですか。きっとボーンズ夫妻はそれをおっしゃってるんですよ」

「そういうもんなのか?」

「そういうものです」尤も、悠実は子供を持ったことはない。想い人さえもいない。

 仕方ねえなと神田はため息をついて座った。ため息を吐きたいのはこっちだと悠実は心中でかんだを責め立てる。

「ま、演奏会はこれで終わりなんだけどな。──だが、まだまだここにいてもらうぜ」

 と、ジョセフはいたずらに笑う。

「人狼って知ってるか?」

 そこから少しずつ空気の流れが変わっていった。じめじめとしたアスファルトのなかにひやりとした冷たい温度が潜んでいるかのような、そんなものだった。

 その空気を明確に感じ取った悠実は顔を強張らせた。

「ええっと」ジョセフの質問にルウリィが答えようとしていた。「狼男みたいな感じだったよね?」

「ああ、それでいいと思うぜ。で、その人狼が関わる話なんだがな。数年前、ここである殺人事件が起きたんだ」

 それは、と悠実は目を見開かせた。その殺人事件に関する話は食事の前、神田から聞いた話と同じなのだと思う。大量殺人事件。それにより、この館が〝人狼館〟と呼ばれるようになった所以。

「ある集団がいてな。そいつらはここら辺の山で遭難したらしくてよ。しかも外はかなりふぶいていたらしい。そんで連中が見つけたのがこの館なんだ。ちと助けてもらおうとこの館にいた貴族に頼んだんだ」

 ジョセフは抱えていたギターをベッドのそばに置いて、すぐに話を続けた。

「貴族は快く受け入れてくれたらしい。その対応に大層連中は喜んだ。そんでさっそく居座らせてもらうことになったらしいんだがな、その夜によ──一人、殺されたんだ」

「えっ」と驚いたのはルウリィだった。両手を口元に添え、瞼を大きく開けてる。

「首を裂かれてたらしくてな。それからも夜を迎えるごとに一人、そしてまた一人殺されていった。まるで闇夜にのみ現れる人狼に殺されてしまったかのように」

「それで、そのあとは?」とおそるおそる訊ねたのは悠実だった。

「警察が来たのは全員が殺されてから数日後のことでな。もうそのころには死体しかなかったらしい。……でも、館の持ち主である貴族はすっかり消えていたみたいなんだ」

 なるほど、それで人狼館なのかと悠実は納得した。それと同時にこの館に対する恐怖がじわじわと心をむしばむように湧いて出てくる。

「とりあえず、ここらへんでお開きにしましょうか。もう遅い時間ですし」

 もうそんな時間なのかと悠実はジョセフの部屋の壁にかかってある時計を見た。二十三時半ぐらいだった。たしかジョセフの部屋に行ったのは二十二時くらいだったので、あれから一時間半ほど経ったといえる。

「そうですね」と悠実は言った。「もうそろそろ寝ましょうか」

 それに同意するように皆が顎を引いた。ばらばらのタイミングで席を立ち、それぞれの部屋へ戻っていった。悠実が順番でいう最後になり、ジョセフの部屋から一歩踏み出たあと、「じゃあな」とジョセフが悠実に声をかけた。失礼します、と悠実は会釈をするとジョセフは扉をゆっくりと閉めた。その直後、鍵が閉まるような乾いた音が悠実の耳元に聞こえた。別段気になったわけじゃないので、悠実はそのまま神田と共に自室へ戻っていった。

 その途中、神田は「よし、帰ったらアカペラカラオケ大会な」と顔をくしゃくしゃにして言った。

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