お弁当
同じ課の小森さんが最近、毎日お弁当を作ってくるようになった。
「どうしたんですか? 花嫁修行ですか?」
昼休みのオフィス。花柄のランチクロスの上に乗った、可愛らしいお弁当箱の中身を覗き込んで言った。
「な、何言ってるんですか……!? こんな喪女捕まえて」
私の発言に、小森さんは動揺したようで、口に入れたばかりの卵焼きをモゴモゴと詰まらせそうになる。
「喪女ねぇ……。でも小森さん、最近ずいぶん綺麗になりましたよね? やっぱり彼氏とかできたんじゃないですか?」
いまどきこんな発言セクハラだよなぁ、なんて思いつつも、つい、同性かつ長い付き合いの同僚だというところに甘えて、こんなことを訊いてしまうのだけど。
「そ、そんなわけないじゃないですか! 白井さんみたいな可愛い人とは違うんです! 私は」
小森さんはそんなふうに言って目を伏せる。その眼鏡の奥に見える睫毛が意外と長いこと、私は知っている。
コンタクトにでもすれば可愛いのに、なんて思うんだけど、それを前に言ったら、『私、ドライアイなんです』なんて言われてしまったっけ。
ほんと、つれない女だよな。
そんな今、3秒遅れて耳に届いた言葉に、私の胸はどきりと鳴る。
……今、私のこと、『可愛い』って言った?
一瞬フリーズしかけたけれど、気にしないようにして反応を返す。
「またまた、そんなこと言って。小森さんは可愛いですよ? ……あ、このウインナーも可愛い。タコさんじゃないですか!」
小森さんのお弁当は、よくよく見てみれば、自分用にしては随分と装飾的だ。つまりは、気合が入り過ぎている。
なんとなくだけど、ふつう、平日のクソ忙しい朝に、独身女のお弁当にタコさんウインナーは入らないと思う。
特に、小森さんが誰かを意識したお弁当作りをしていないなら、尚更。
「白井さん、小森さん、お疲れ様です! 私も混ざっていいですか?」
「あ、天野さん。お疲れ様ー」
「どうぞ、どうぞ」
私と小森さんの間に、同じ課の天野さんが入ってきて、お弁当を広げ始める。
天野さんは紺色のストライプのお弁当包みに、木製のシンプルなお弁当箱だ。なんとなく、天野さんのクールなイメージと合っていてカッコいい。
天野さんは最近うちの課に入ってきた、美人な後輩だ。後輩だけど年齢は私や小森さんと変わらないくらいで、どちらかといえば天野さんのほうが大人っぽくて、姐御、というような雰囲気がある。
「天野さんも毎日お弁当なんですねー」
「うん。花嫁修行、しとかなきゃですしね!」
「ですねー! お互いがんばりましょー」
天野さんのほうは、自分からそんなことを言って、独身をネタにしてくる。こんなに美人なんだけど、彼氏はいたことがないらしい。
毎日しっかりお弁当をつくれるくらい料理上手で、こんなに美人で、仕事ができて、性格も良くて、それでなんだって彼氏の一人もいないんだろう、なんて思ったりするけど。
人にはそれぞれ事情があるものだから。そのへんは勘繰るだけ、野暮というものだろう。
「天野さんて、手、綺麗ですよね。指長いし、お肌つるつるだし」
「え、そ、そう?」
「ネイルとか、しないんですか?」
「あ、えーっとね……料理するのに邪魔だから、あんまり好きじゃないんだ」
私の言葉に、ちょっと困ったような反応をする天野さん。ダメだよ、こんなことごときでボロを出したりしたら。
私だけが知っている、愛しい同僚たちの秘密。
天野さんの爪が短い理由も、小森さんが最近綺麗になった理由も、2人にいつまで経っても彼氏ができない理由も。
そんなの言葉にするだけ、野暮というものだ。
けしてヤキモチなんかじゃないけど、いつまでも黙っている気なら、私のほうにだって考えはある。
「これ、かわいいなー。1個もーらいっ」
天野さんのお弁当箱から、タコさんウインナーをひとついただく。
気づかないわけがない、そのお弁当の中身は、小森さんのお弁当とそっくり同じなのだった。
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