音の波に、気持ちを乗せて

 僕と先輩2人だけの吹奏楽部は。コンクールとか大会とかそういうものに出れる訳もなくて。

 他校と合同で部活をすることも無く。


 だから、部活は週に3回。月曜、水曜、金曜にやってる。

 初心者の僕は毎回、先輩に教えて貰いながら練習をして。

 部活の最後には、先輩の演奏を聞いて。

 たった2人だけの演奏会。有名なコンサートホールでも、広い市民会館でもない。高校の音楽室で、聞く先輩の演奏。


 やっぱり先輩は変わってる。僕にとってはいい意味で。演奏中と普段の先輩は、別人に見えるほど違う。


 普段の先輩を知って、さらに好きになった。先輩は優しくて、でもカッコイイ。それがすごく良くて。


 窓から差し込む西陽が、音楽室の壁を照らしている。長年西陽に晒された壁は、元は白かった色を薄茶色に染めている。

 汚い壁、という表現は相応しくない。積み重ねられた、歴史を物語る証拠。音楽室に緩やかな雰囲気を作り出している立役者。

 薄茶に焦げた壁があるからこそ、音楽室は音を奏でる舞台になっている。


 先輩は黒板の前に立ち、フルートを構える。どんな曲名なのか、僕は知らない。だけど、先輩は決まって部活の最後に同じ曲を演奏する。


 曲調は大人しく、そして物悲しく感じる。何を想って先輩は奏でてるのか。先輩じゃない僕は分からない。


 でも誰かを想って奏でているような、そんな気がして。先輩に思われてる人が羨ましい。いるかも分からない、存在しないかもしれない相手に。僕は勝手に嫉妬心を抱いている。


 先輩の奏でる曲はどうして、こんなにも僕の心を揺さぶるんだろう。どうしてこんなにも、悲しい気持ちになるんだろう。まるで、先輩の想いが僕の中に入り込んできているようで。

 先輩は目の前にいるはずなのに、先輩の心は音楽室の黒板前ではなく。もっと別の場所に旅立っている気がして。


 2人きりのはずの音楽室に僕だけが置いていかれたようで。それが余計に、僕を悲しくさせる。


 僕もサックスを上手く奏でられるようになったら、先輩は僕を見てくれるだろうか。

 先輩の想い人に僕は、僕は……

 僕は、なれるんだろうか。

 先輩の想い人を超えることができるんだろうか。

 フルートを通じて音になった先輩の気持ちは強くて。その気持ちを向けられている想い人を、僕は超えられる気がしない。

 まだ付き合っている相手がいるか、聞けるような関係じゃないから聞けていないけど。恋人を思って奏でてるのか。それとも、僕のように片想いなのか。


 演奏が終盤になり、外から音楽室の中に風が舞い込んでくる。

 カーテンが『ゆらゆら』と舞っている。カーテンの影が僕と先輩に重なって。


 風にまうカーテンの影が、音の波に見えて。音で先輩と僕が繋がってるように見える。

 演奏をしてる時だけでもいい、僕も一緒に奏でたい。その時だけは先輩と、音で繋がれてる気がするから。


 そのためにはもっと、サックスの練習をしなきゃ。

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