自らの音を奏でて
僕は、入部届を持って音楽室の前にいた。
もちろん吹奏楽部に入部するために。
でも、なかなか扉を
横笛を吹いていた人に好印象を持ってもらうにはどうしたら。
普通の木製の扉が、まるで大きな鉄門に見える。1人じゃ開ける事も出来ない巨大な門。
勇気を出せばこの門は開けられる。でもその勇気が湧いてこない。勇気がなきゃこの門は開けられないし。
恐怖の鎖で体が雁字搦めにされて、身動ぎひとつ出来なくなってる。
勇気の前に、この恐怖に打ち勝たないといけないのに。どうやったら勝てるんだろう。音楽室に入るのって、これほどまでに難しいことだっけ。
そうだこの門には多分名前をつけれる。一目惚れ門と後は……
初恋門。一目惚れと初恋を意識してるからこんな巨大な門が僕の前にあるんだ。でも好きだって知ったら。意識させられるし。
恐怖に勝つためには確か、いちばん怖いことを思えば良いんだっけ。
今の僕にとって、怖いこと。横笛の人に会えないことかな。せめて会いたいし、話したいし。告白は……
ちょっとハードルが高いけど。でもこの鉄門を開けなきゃ。その全てが不可能になっちゃう。
それだけはやだ!
そう思ったら、鉄門は木製の扉に戻ってて。
取っ手を掴んで横に引いた。だけど開かない。横に引いて開ける、引き戸なのに。『ガタガタ』となるだけで、扉は開かない。鍵かかってるのかな。
あれ、来る日を間違えたのかな。でも今日活動日のはずだし。
どうして、何で。そう考えていた。
「もしかして、新入部員?」
考えていたら、頭上から声がした。『ガタガタ』と、鳴っていた扉が開いていて。開いた音にも気が付かなかった。
でもそんな扉のことは些細なことで。もっと重要で大事な人が目の前にいて。
横顔しか見てなかったけど、正面から見てもわかった。横笛の人だって。
「は、はい。吹奏楽部に入部してきました」
「ほんと、やった。入って入って」
横笛の人に手を握られた。それだけで僕の頬が赤くなった気がして。
確実に鼓動は早くなってるし、心は舞い上がって花畑が広がってるようで。
これだけでも幸せなのに、話したり一緒に部活できたりするなら。もっと幸せなのかな。
手を引かれて、音楽室の椅子に座らされる。
教室の前の方に4つ机が集められてて。ちょっとしたテーブルみたいな広さになってる。そこの椅子に、促されるまま座った。
横笛の人は扉を閉めに行って、『スっ』と簡単に扉を閉めていた。僕が開けようとしたら『ガタガタ』と鳴って開ければなかったのに。
「あっ、この扉立て付け悪いから。開ける時は気をつけてね」
「はい」
音楽の授業で使うのに、立て付けが悪いって不便なんじゃ。
そう考えてたけど、目の前に横笛の人が座って。考えがどこかに飛んで言った。
横笛の人は2年生だった。僕より身長が高くて綺麗で、好きだなって思っちゃう。
「あの、先輩よろしくお願いします」
「あはは、先輩だなんて。ちょっと恥ずかしいな。あっ、じゃあ後輩くんって呼んでもいい?」
僕が先輩って呼んだら、恥ずかしそうにしてくれて。可愛いって思った。
先輩は。横笛を奏でていた時の面影はなくて。『ふんわり』とか『ほんわか』とした雰囲気で。全くの別人にも見えるんだけど。
そこも良いと僕は1人納得した。だって片想いだもん。
「後輩って呼ばれると、僕も嬉しいです」
「良かった。それじゃ始めようか、後輩くん」
「始めるって、何をですか先輩」
「何って部活だよ?」
音楽室には僕と先輩しかいくて。2人だけなんだけど。吹奏楽部って、もっと人がいるものなんじゃないの?
「あの先輩と、2人だけなんですけど」
「そうだね。この高校、運動部にすごい力いてれるから。逆に文化部は廃れてるんだよ、どこもかしこも」
吹奏楽部は運動部よりなのに。そうぼやく先輩の声が聞こえてきて。悲しんだりする場面とかなのに、僕は嬉しかった。
他人からすれば気持ち悪いと言われそうだけど、先輩と2人きりってことだから。
「楽器はどうする?」
「えっと何があるんですか」
「あの壁にあるのが使える楽器かな」
あの壁と、指さされたのは。色々な楽器が仕舞ってある場所だった。音楽の授業では使わないようなものばかり。
僕はその中から、黒い楽器を手に取った。縦に長い、縦笛なのかな。リコーダーよりも大きい笛だった。
「それはサックスだね」
僕が手にした楽器はサックスって言うらしい。真っ直ぐな形で、黒い姿がかっこいいと思った。
先輩と話すためにも、音楽のこと勉強しなきゃ。
「先輩の楽器はなんて言うんですか?」
「私の楽器はフルートだね」
あの横笛はフルートって言うんだ。先輩によく似合う楽器だなって思った。だって名前が綺麗だし、形も綺麗だから。
「今日は部活の準備の日だけど。後輩くん練習していく?」
「いいんですか。楽器の経験なんてリコーダーくらいなんですけど」
「大丈夫だよ、私が教えてあげるから、買ったほうがいい物も教えるね」
この日初めて僕はサックスを吹いた。初めて奏でたんだ、自分を、下手糞な音だったかもしれないけど。先輩は優しく笑ってくれた。
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