第101話 最愛の妹

「久しぶり。お兄ぃ」


 目の前に映っているのは――――まっ白い・・髪のやせ細った小さな女の子が恥ずかしそうな笑みを浮かべて俺を見ている。


「本当に……莉愛なのか?」


「そうだよ。お兄ぃの妹の莉愛だよ? もう忘れちゃったの?」


 忘れるはずがない。俺の知っている莉愛の姿のまま・・・・である。


「お兄ぃ…………えっと。ごめんね?」


「ごめんって? 何故謝るの?」


「だって…………私のせいで…………」


 少し涙ぐむ莉愛の頭を優しく撫でてあげる。


「そう言うな。達家族は全く後悔していない。少なくとも僕はね」


「そう……なんだ…………」


「それよりもあの後の方が大変だったんだよ」


「…………お父さん。自暴自棄になったんだよね」


 莉愛の言う通り、あの事件を期にお父さんの酒癖がどんどん酷くなる一方で、お母さんも酷い状態に変わっていった。

 俺達家族に残ったものは、莉愛を助けるために借りた多額の借金と、病気に蝕まれ命を絶った莉愛の残りの思い出のみだった。


「そのせいでお兄ぃが酷い目にあって、何年も苦労してしまって…………」


「気にするな。それに前世の事はもうどうでもいいんだ。僕は異世界に生まれ直されたからな」


「そうだったね。可愛らしい眷属達に囲まれているもんね~」


 少し拗ねた表情を見せる彼女に、うちの眷属達を知っていた事に驚いてしまった。


「どうして莉愛が眷属達を?」


「ふふっ。だって――――私が最後の守護眷属だから」


「なっ!? り、莉愛が!?」


「うん! 実は一番最初になりたかったけどね。私の力ではここが限界だったの。それよりもお兄ぃとこうして会えただけでも本当に嬉しいな」


「そうだな。生前の約束も沢山したしな」


「えへへ~忘れていないんだね?」


「もちろんだ。忘れるはずもない」


 今すぐ目の前の莉愛を抱きしめてあげたいのだが、腕しか動かず、彼女の頭を撫でてやるのが精いっぱいである。


「お兄ぃ。無理はしないで。だって、まだ私達の繋がり・・・は完璧なモノじゃないから」


「完璧じゃない?」


「ええ。Sランクガーディアン生成を覚えている?」


「もちろんだ。とんでもない数値だったのを覚えている」


「うん。あれで呼んでくれないと、私は生まれる事ができないんだ」


「…………分かった。少しだけ待っていてくれ。必ず助けてみせる。今度こそな」


「嬉しい! えへへ~――――――でも大丈夫」


「大丈夫?」


 莉愛は儚げな笑みを浮かべて続けた。


「お兄ぃには可愛い眷属達が一緒にいるから。だから、私を呼べるくらいすぐに叶うよ。でもこれだけは忘れないで? お兄ぃ」


「うん?」


「私を呼ぶという事は、この世界に亀裂・・を産むという事。それで眷属達のが終わってしまう事もありえるの。どうなるかは私も予想できないから、できれば私を呼ばずにたまにこうして会ってくれるだけでいいんだけど…………お兄ぃは納得しないよね?」


 そう言われて、はいそうですか。どうします。とは言えない。

 少なくとも、最後の守護眷属が莉愛だと知ったなら、俺は全力で莉愛を助けにいく。

 もしそこで何かを代価として払う事になったとしてもだ。


「お兄ぃ。そろそろ時間だね。目が覚めたら、勇者が待ち構えていると思うけど…………お兄ぃなら絶対勝てると思うから。だから、絶対に無理はしないでね?」


「ああ。莉愛――――――」


 俺の声がどんどん遠くなっていくのを感じる。

 目の前にいるはずの、久しぶりに会う妹もどんどん遠くなっていく。




 ◇ ◆ ◇ ◆




 目を覚ますと、いつも見ていた美しいピンク色の髪と派手な服装が視界に入る。

 彼女は俺を守る形で、前方に殺気を放っていた。


「ねぇ、君。それは困るよ。その鍵をくれないと、私の莉愛・・・・に会えないじゃないか」


 俺の耳に届くのは、あの時のモニター越しに聞こえていた少年の声だ。

 そう――――――前世の俺の子供の頃の声だ。


「アス」


「マスター!?」


「へぇーお兄ぃ・・・。気が付いたんだね」


「…………その呼び方はやめろ。貴様にそう言われる筋合いはない」


「冷たいな~これから僕お兄ぃにもなるんだから~!」


「…………お前の目的は莉愛だったのか」


「もちろんだよ! あの子を初めて見た時に惚れてしまってね! だからわざわざあの世界からここに連れて来たのさ! そのためにわざわざ神殺しまで行ってね。でも僕はあの子のためなら何でもする! この先も永遠に愛しているんだ! だから僕の邪魔はしないでくれよ? お兄ぃ」


 前世の自分が子供だった頃の声。

 どこか懐かしいモノを感じるが、少なくともそれを話しているあいつの性格を考えると悪寒すら覚える。

 それに、莉愛は俺の妹だ。前世であれほど苦しんで亡くなった妹も、不治の病にかかったのも全て目の前の元凶のせいだと知れば、心の底から怒りが溢れるのは当然の事だ。


「アス。あいつを全力で潰せ」


「かしこまりました★」


 そう答えるアスが全速力で勇者に襲い掛かる。が、勇者もアスを向け撃つ。

 たった一撃で周囲に暴風が荒れ狂う。

 せっかく立てた木々や建物が暴風に吹き飛ばされていき、最下層が一瞬でボロボロになっていく。

 アスと勇者の戦いはお互いに防御を知らず、ひたすらに殴り合う戦いを繰り広げた。

 殴り合う度に周囲に轟音と共に暴風が響き、衝撃波だけでダンジョンの壁にすら亀裂が走る程だ。



【グランドダンジョンに浸食が見られました】



 浸食!?


「あはははは~! 僕の勝ちだ! このダンジョンはもう僕のモノさ!」


 勇者の勝ち誇ったのもつかぬ間で、アスに叩き込まれダンジョンの壁に激突して全身から痛々しい音を響かせた。


「いひひ。もうこの身体に用はない。浸食したらもう僕の勝ちさ。さあ、お兄ぃ! 彼女を渡して貰うよ~!」



【グランドダンジョンの内部より浸食があり、まもなくダンジョンコアが塗り替えられます。ダンジョンマスターは直ちに――――――】



 天の声さんの声が途切れた。

 それも浸食とやらの相手の能力なのだろう。

 そこで俺は眷属達から手に入れたスキルをフル活用させて思考を加速させる。

 グランドダンジョンに浸食した時点で、敵の狙いはこのダンジョンになっている。

 という事は、彼はそもそもどこか・・・に置いていた根をこちらに移した事になる。

 もしもだ。彼がこのダンジョンを喰った・・・場合、彼自身がこのダンジョンそのものとなるだろう。


「アス」


「はい☆ マスタ~☆」


 俺の前に跪ているアスの頭を撫でる。


「俺はこれからお前達を裏切る・・・事になるだろう」


「…………かしこまりました。私達はマスターのための眷属。これまでもこの先もずっとマスターとお供いたします」


「お前達を捨てる・・・俺だとしてもか?」


「私達はマスターの眷属。もし捨てられたとしても、これは未来永劫変わる事はありません。いつかまた私達を呼んでくださるまでお待ちしております」


「そうか…………俺は本当に良い眷属を持った」


「もちろんです☆ なにせ、私達はマスタ~の眷属ですから☆」


 そう笑みを浮かべるアスを最後に、俺はとある能力を選択した。




 - 【グランドダンジョン】の【ダンジョンマスター】である【マサムネ】により、【ダンジョンマスター】を――――――解除しました。-




 無機質な声が響いて、俺の視界は真っ白な色に包まれた。




――【後書き】――

 次話は12月1日の18時に投稿されます。

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