第86話 勇者と聖女(三人称視点)
◆とある遺跡の地下◆
日差しが一つも差し込まない地下は不思議な緑色の光で明るく回りが見渡せる。
地下にはひときわ広い広間が存在しており、そこには大勢の亡骸が転がっていた。
その血の海の上に一人の男が狂う程笑っていた。
「くーははははは! がーははははははは! これが力! 祝福を乗り越えた本当の力か! あははははははは!」
笑い声と共に、周囲に威圧感の波動を放つと、魔人達の亡骸が広間の壁に激突していく。
「くっくっくっ。デルタとオメガか。お前らには感謝しているぜ。魔王を倒すまでせいぜい逃げ回ってな」
高らかに笑い声を上げながらディーザはその場を後にした。
数分後。
ディーザが去った広間の中央に黒い影ができていた。
影から一人の魔人が姿を現す。
「…………逃げ回るか。そうだな。私はいつも逃げ回ってばかりだな」
周囲の亡骸を眺める魔人の瞳には、怒りが込められていた。
「さあ、同胞達よ。其方達は全て私の血肉となるだろう。おいで」
魔人達の亡骸が宙に浮くと、真っすぐ中央の女魔人に飛んで行った。
女魔人の身体に直撃した魔人の亡骸は、
「ふふふっ。そうか。私は今日のために生きていたのだな」
彼女は頭の中央に
「三本角。久しぶりだね。ふふふっ」
その昔、一度三本角に到達したはずの彼女は、魔人喰いによってその角を失った。その代わりに彼女は生きながらえる事ができたのだ。
「今度は負けないぞ。魔人喰いめ」
そう呟いた彼女の姿は少しずついびつな形に変わって行く。
やがて、ジラールと共にいた人間――――セーラに姿を変えた。
「ふふっ。女の身体も悪くないわね。そういえば、男の身体に変えてから何年経ったんだ? 角が折れた日だったから…………もう数百年は経過しているか。久しぶりに女の身体に戻ると、それはそれで感銘深いものだね。さて、もう隠れる必要もないのだが、魔人喰いにこのまま挑むほど私もバカではないからな。勇者とデルタに活躍でもしてもらおうかしらね。うふふふ」
彼女は楽しそうにピクニックにでも行くかのような軽い足取りで遺跡を後にした。
奇しくも、その遺跡は――――――遥か昔、魔人喰いが拠点として構えていたダンジョンであった。
◆勇者の陣営◆
「お帰りさない。ディーザさん。随分と長かったですね?」
迎え入れるのは、絶世の美女と謳われている聖女である。
透明なベールをかぶり、その中から地面に届く程の長く美しい金髪。
あどけなさが残る顔が、見る者全てから愛させるために生まれたと言っても過言ではない。
「キアラか。ああ。友人と久々に会ってきてね」
「……その割には血の匂いがしますわよ?」
「…………くっくっ」
ディーザは聖女の胸倉を掴み、引き寄せる。
「おい。キアラ。勇者である俺様の
「…………他の方達に見つかったら変に誤解されると思ったまでです」
「ふん。今から風呂に入る」
「はい。お供します」
風呂を終えた勇者と聖女が同じテントに入る。
野営だというのに、広いテントにベッドがあるのは、それだけ特別な力を持つ者が共にするからである。
「おい」
「はいっ」
「あいつを呼んでこい」
「…………は、はい」
聖女は残念そうな表情でテントを後にする。
彼女が真っすぐ向かったテントには、一人の男性が何かを書き進めていた。
「こんばんは」
「うん? キアラさん……またですか」
「はい。何だか今日はいつもよりも…………」
「最近ディーザはあらぶっていますからね……仕方ありません。僕も彼が嫌いではないので…………ですが、あまりにもキアラさんが不憫だ」
「いえ。私は彼のただの飾りです。ですから私は気にしないでください」
「はい……では失礼します。ベッドは使っておりませんので」
「いつもお気遣いありがとうございます」
そうやってテントを出て行く男を見送った聖女は、明かりを消してベッドに一人横たわった。
今頃、
朝日が出る間際。
眠っていた聖女のテントに、本来の持ち主の男が帰って来た。
「今日は遅かったですね」
「は、はい…………今日はとんでもなく激しく…………」
恥ずかしそうに腹を抑える男が少し羨ましくもなるが、聖女は彼に安静の魔法を掛けてあげる。
ベッドを明け渡し、そのまま勇者のテントに戻って行った。
テントに入った瞬間、ふんわりと香る匂いに勇者と彼の時間を思い描いてしまう。
眠っている勇者にいつもの安静の魔法を掛ける聖女は、そのまま
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