第85話 楽園(三人称視点)

 ★不思議な森★


「おい。139番!」


「は、はいっ!」


 番号を呼ばれたエルフ・・・が急いで木の上から降りていく。

 その先には自分達よりも遥かに幼いメイド服を着た少女が見えていた。


「体重を図る」


「ひ、ひいっ! か、かしこまりました」


 女エルフはメイド服の少女に言われてすぐに服を全て脱ぎ捨て裸になった。

 メイド少女がすぐに全身を隈なく図り始める。


「――――合格」


「ありがとうございます!」


 女エルフは安堵した表情でメイド少女に深々とお辞儀をして、脱ぎ捨てた服を急いで着込んだ。


「エルフ共。今日はご主人様が訪れる日だ。全員気を引き締めるように!」


「「「「はいっ!」」」」


 一人欠ける事なく、木々の上から精一杯の大きな声で返事をする女エルフ達。

 自分達が置かれている立場を理解していての事である。


「はぁ、あの・・女エルフもこのように従順ならいいのにね。今日もアス様が怒らないか心配だわ」


 溜息を吐いて立ち去るメイド少女から最後まで視線を外さない女エルフ達は、森から去った事を確認してようやく落ち着きを取り戻した。




 ◆監獄の個室◆




「…………」


 全身を縛られて無数の傷を負っているのは、デスアサシンに戦いを挑んだ女エルフである。


「いい加減にしてくれないかしら」


「…………断る」


「はぁ、他の女エルフは全員楽園・・に入ったわよ?」


「……あんなモノを見せられたら、誰も諦めるしかないだろう」


「でもお前は諦めないんだな」


「もちろんだ。私は気高きエルフの戦士。あんな場所に閉じ込められるくらいなら死んで構わない。早く私を殺すがいい」


「はぁ……それができれば苦労していないんだよ」


 ボロボロになったエルフを前に溜息をつくメイド少女。

 すでに何度も顔を合わせているが、諦めない女エルフには手を焼いているのだ。

 ご主人様の命令で、エルフの楽園を作ると言われている。

 現在、地上にいた全ての女エルフのうち、たった一人を除いて全員が楽園に入れられているのだが、その最後の一人は未だ頑なに拒んでいるのだ。


 その時、扉が開いて派手な服の少女が入って来た。


「あ、アス様! お疲れ様でございます」


 メイド少女が部屋の壁に移動し跪いた。


「君。セシルちゃんだっけ」


「!? こ、光栄でございます!」


 目を光らせるメイド少女だが、それには理由があった。

 メイド隊となった大勢の女の子達には、大きな夢があった。

 それは守護眷属の直属部下になる夢である。

 ご主人様に一歩でも近づける方法でもあるのだ。

 そして、セシルと言われた彼女が一番慕っているのが――――目の前のアイドルである。


「…………それにしても、君もいい加減にして欲しいわね」


「そ、それは…………」


 アスを前に鎖に繋がれた女エルフが震え始める。


「仕方ないわ。私が言いだした事だから、マスタ~から凄く好評を頂いているからね☆ だから少しご褒美をあげるよ」


「ご、ご褒美?」


「君には特別に選択肢をあげよう。マスタ~はどうやら君が気に入ったようだからね」


「???」


「ここに残り、これからも拷問を受けながらいつか楽園にちるのか。最下層で働くか。その選択肢をあげるよ」


「さ、最下層?」


 アスが話している事が全く理解できない女エルフであったが、それがとても魅力的な提案なのは、隣で羨ましがるセシルを見て取れた。


「それとセシル」


「は、はいっ!?」


「君。私のメイドにならない?」


「!?!?!?」


「ん? あら、嫌だったのかしら。強制はしないわよ」


 ポロポロと大きな涙を流しているセシルは全力で首を横に振った。


「も、もしわ……け…………」


 あまりにも溢れる涙に言葉に詰まる。


「ふふっ。可愛いわね。気に入った☆」


「うれし…………わたし…………」


 笑みを浮かべたアスに抱きしめられると、セシルは声をあげて号泣し始めた。

 その二人を見た女エルフも不思議と心の底から感動を覚えていた。




 鎖から解放されて不思議な水を浴びた女エルフの傷は全て回復した。

 その状態でアスとセシルに連れられ、不思議な魔法陣に潜ると、小さな部落のような光景が広がっていた。

 だが、その光景には信じられない物が映っていた。


「木に食べ物が!?」


「ここはご主人様の加護がある最下層だよ。変な事はしないようにね」


 すっかり木々の食べ物に目がいく女エルフにセシルの言葉はしっかり届かなかった。

 だが、女エルフもまた自由ではない事は理解していて、ただただ最下層の光景を眺めた。


 美しい魚達が泳いでいる池。食べ物が実っている木々。財宝が積まれている倉庫。


 そのどれもが本当の楽園・・・・・のようだった。


「アメリア様!」


「あら、セシルちゃん? アス様まで」


「おっは~☆」


「うん? 後ろは――――エルフですか」


「そうなんです。例の最後まで残ったエルフです」


「うふふ。ご主人様も気にかけていましたものね。それにしても、セシルちゃん?」


「はい?」


「何か良い事でもあった? 凄く嬉しそうだよ?」


「はっ!? か、顔に出ていましたか?」


「ううん。何となくそう感じたから」


 アメリアの言葉を聞いて、セシルが恥ずかしそうに微笑んだ。


「はい……実はアス様の専属メイドになりました」


「本当!? おめでとう! ずっとアス様に憧れていたんだから、良かったね!」


「はいっ!」


 そのやり取りと意外にも注意深く眺めていたアスが口を開く。


「アメリア? セシルの名前を憶えていたの?」


「はい。メイド隊は全員私が担当ですから」


「そういえばそうだったわね。レヴィが発足したのに結局アメリアが管理しているのね」


「ふふっ。私からお願いしたんです」


「そうだったの。まぁ、アメリアなら納得だわ」


 アスが唯一眷属奴隷の中で認めているのはアメリアのみ。

 それを知っているアメリアもセシルもとても嬉しそうに笑う。

 その姿を後ろながら眺めていた女エルフは高鳴る胸を抑えた。


 その時、


「アス?」


 透き通った男の声が響く。

 その声にその場にいた彼女達の表情が一気に緩むのが見えた。


「マスタ~☆」


 あまり物事に興味がなさそうなアスの表情は嘘のように満足に満ちた表情に変わる。


「マスタ~、実は専属メイドができたんです」


「それはよかった。どの子だ?」


「こちらのセシルちゃんです☆」


「!? せ、せ、セシルと申します!」


「そう。君が。君はいつも誰よりも走り回っていたのだから、アスに気に入って貰ってよかった。アスは足りないモノも多いとは思うが、隣で色々助けてほしい」


「っ!? め、滅相もありません! 全力でアス様を支えていきます!」


「うむ。そうしてくれると俺も嬉しいぞ」


「っ!」


 今にでも泣き出しそうな感情を抑えるセシル。

 アスの前では号泣までした彼女が、涙を呑む場面は女エルフにはその気持ちが痛いほど伝わって来た。


「マスタ~、あの子をここで働かせたいんです~」


 アスが女エルフを指さす。


 ブラックダイヤモンド。それは大陸で最も美しいと称されている宝石である。


 まさに世界で最も美しい宝石に引けを取らない美しい瞳が自分を覗き込んだ。

 息ができない程の美しさに、言葉を失った。


 いつか、自分が心底愛せる人を見つけたかった。それがエルフ族の中にいない事くらいずっと昔から悟っていて、ずっと戦士としての腕を磨いてきたのだ。


 それが目の前の美しい男のためだと、彼女はおぼろげに理解した。

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