第35話 忍び寄る悪意

 ――――――「――様」


 ん?

 誰か俺を呼んでいる……?


 目を覚めると両脇に柔らかい肌の感触があり、レヴィとアスだ。

 まだ夜になったばかりか…………。

 アメリアと団長とも楽しいが、二人とは違う良さというか、この二人には二人の楽しさを沢山感じられた。


 ――――「人様!」


「いや、間違いないな。誰か呼んでる」


「ん…………ますたぁ……?」


「主様…………どうか、しましたか?」


 二人が俺の声に反応して起き上がる。


「誰か俺を呼んでいるな。二人ともすまない」


 二人を優しく振り解いて、ベッドから立ち上がり、部屋を出て行く。



「ご主人様!」



 部屋に声が響いている。

 声がするのは、1層を映しているモニターからだ。


「レヴィ!」


「はっ!」


 いつの間にメイド服を着替えたレヴィが前に現れる。


「彼女を急いで連れてこい」


「はっ」


 レヴィが消えると、アスも服を着替えてやってくる。

 すぐにレヴィが俺を呼んでいたメイド服を着た女を連れてきた。


「ご主人様! 大変申し訳ございません! お店が…………」


「彼女はレヴィの眷属だな?」


「はっ。お店がどうなったのだ?」


「実は、今日の夕方にとある集団が店に入って来まして、暴力を振るわれてしまい、店がボロボロになってしまいました…………」


「なんだと!」


「も、申し訳ございません! ご主人様」


「それで怪我を負った者は?」


「怪我は護衛の三名様が怪我しているのですが、命に別条はありません」


「それなら良い。レヴィ。今すぐ店に案内しろ」


「はっ」


 家を出ると、アメリアと団長が不安そうな表情で待っていた。


「アメリア。シャーロット。お前達も来るか?」


「「はい!」」


 その足でみんなで久しぶりのギブロン街に向かった。




 ◇ ◆ ◇ ◆




 ギブロン街に着く間、誰一人声をあげず、黙々を歩いてギブロン街を目指した。

 ダンジョンの外の夜に出て来たのは初めてだ。

 空が真っ黒だが、東の空には青い太陽が見えていて、青日様と呼ばれているんだっけ?

 夜空には光り輝く星々が見えている。昼には黒く光っていた星々が夜は輝くんだな。

 そんな不思議な景色の中、俺は心の中から込み上がる怒りを抑えるのにいっぱいだ。

 眷属が怪我をしたからではない。

 ただ眷属に任せっきりになっていた自分に腹が立つ。


 ギブロン街に着いて、真っすぐお店に向かう。

 夜だが、周りの明かりでそれなりに快適な視界が広がる。

 やって来たお店は外からでも分かるほど、ボロボロになっていた。


「ご、ご主人様!」


 一人のメイドがそう声をあげると、中から他のメイド達とボロボロになった護衛を預けたアメリアの弟の二人と女剣士一人が足を引きずりながら外に出てくる。


「ご主人様、お店を守れず申し訳ございませんでした!」


 全員がその場で土下座をする。

 レヴィもその輪に入り、土下座をする。


「全員頭をあげろ!」


 みんなビクッとなって頭をあげる。


「大きな怪我をしたのは三人だけだな? その他に大怪我をしたのは?」


「私達だけです。何とか相手の兵隊を排除する事が出来ましたが…………申し訳ございません…………」


「…………レヴィ」


「はっ」


「ひとまず、撤退だ。全員を連れて帰還しろ」


「はっ!」


 一緒に連れてきたレヴィの眷属メイドがお店担当だったメイド達を連れて戻る。

 大怪我をした弟達に駆け寄るアメリアの表情を見ると、心が張り裂けそうだ。

 みんなが戻って、アスだけが隣に残ってくれている。


 その時。


 一人の少年が店の前に来ると、目の前で崩れた。


「少年。この店に用か?」


「また……美味しいヤキトウモロコシを食べたくて……一所懸命に魔石を探して拾って来たんです…………なんで…………」


 その目には大きな涙を浮かべている。

 レヴィの報告によれば、食料問題はだいぶ解消されているようだが、安価で美味しいモノとなれば別だ。

 この店は庶民の味方になっていたはずだ。


「少年。心配するな。近々また開店するだろう」


「ほ、本当?」


「ああ。だからいっぱい食べれるように、魔石を集めておくんだな」


「はい! そうします! お兄ちゃん、ありがとう!」


 立ち直ったようで、どこかに走って行く少年を見て、心の中からさらに怒りがこみ上げる。

 自分が情けない…………。


 アスを連れて、ダンジョンに帰還する。


 ダンジョン1層は夜にも関わらず、沢山の人でにぎわっている。

 彼らを通り抜け、2層に入ると、2層には相変わらず誰一人いない。


 通路を歩いていると込み上がって来る怒りが抑えられず、壁を叩きつける。

 思いっきり叩き付けた壁が壊れ、フロアの壁にまで吹き飛んで轟音が鳴り響く。


 このダンジョンを攻めたあの子爵を思えば、この世界にはああいう連中が多いのは当たり前じゃないか。

 何故それを気にせず、ただレヴィに全て押し付けていたのか。


 その時、後ろから柔らかい感触が伝わって来る。


「マスター。私達はマスターのモノで、好きにしてくれていいのです。だから私達のために怒らないでください。私達はマスターの眷属なのですから」


「アス…………だが、俺はお前達の主人だ。ただ知らんふりを続けていた自分に腹が立つのだ」


「はい……そんなマスターの眷属として嬉しいです。ですけど、私達が悲しむマスターを見るのが一番辛いです」


 アスの悲しそうな声が心に刺さる。

 何もしなかった自分と、腹いせの自分にますます苛立ちを覚える。


 だが、このままでは、アス達の主人として面目が立たない。


「すまない」


「いえ…………マスタ~☆ 行きましょう~!」


「そうだな」


 アスは俺の腕を抱きしめて最下層に向かった。

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