第28話 団長の屈服

 前世でブラック企業に勤めていた頃、同僚達が金を稼ぎ理由を話していた。

 盗み聞きではないが、遠くから聞えていたその声が気になって聞いてみた。


「明日給料日じゃんよ~、明日行くか?」


「あ~わりぃ! この前、いい感じの人と知り合えてさ」


「おっ! どんな感じ?」


「外見とか身体はそれほどでもないんだけど、あれがめちゃ上手くてさ」


「あれって、口?」


「そうそう。まじでやばかった」


「へぇー? 口が上手い人なんて珍しいな?」


「そうなんだよ。初心者だと寧ろ痛いしな~だから、彼女はどちらかといえば、本番すら要らない感じ」


「これは期待出来るな~紹介してよな!」


「明日は俺な! 明後日紹介してやるよ」


「おう! 楽しみだ!」


 当時彼らが何を話しているかくらい、俺でも分かっていた。

 だが、自分に遊ぶ金などある訳もなく、自分が稼いだお金を自由に使える彼らに苛立ちを覚えていた。

 自分が生まれる場所は選べない。だから仕方ないと俺は毎日仕事に打ち込んでいたのだ。










 あの時の同僚の言いたい事が分かった。

 端的に言えば、アメリアはめちゃくちゃ上手かった。

 三度に渡る俺とアメリアの戦いは、遂に俺の負けで幕を閉じた。

 ちょっぴり残念そうな笑みを浮かべたアメリアは「ご主人様? 私なんかでよろしければ、いつでも呼んでくださいね?」と上目遣いで話し、俺の心臓がまた止まりそうになった

 うむ。これからは定期的に頼もう…………。




 モニター越し、アス達の前に丁度3人の男騎士がその手に青い色の瓶を持って帰っていた。

 全員が必死に持って来た『ポーション』だが、目の前に広がっている光景に膝から崩れていく。


「うふふ~残念~☆ 一歩遅かったわね~☆ シャーロットちゃんはもう私のモノ・・よ☆ でも約束通り、3人は活かしてあげるわ。ただし、ここの事を話されても困るから、『死の宣告』だけ受けさせて貰うけどね~」


 そう話したアスの手から黒い光が三つ、男達に飛んで行く。

 彼らの心臓部に入り、一瞬黒く光り、消える。


「それは『死の宣告』。ここの事を話そうとした瞬間、あなた達は全員が一緒に死ぬことになるので気を付けてね~それと声は一か月は出ないと思うから☆」


 男騎士達は絶望的な表情浮かべ、アスの足を懸命に眺め続ける団長に向く。

 彼らは大きな涙を流しながら、嫉妬の間の女達に連れられ、2層に返された。

 その後、肩を落として絶望に染まった顔のまま、ダンジョンを後にする彼らの後ろ姿からは希望一つも見えなかった。






「マスタ~☆」


 モニターで既に知ってはいたが、嫉妬の間からやって来たアス。

 相変わらず、扉から顔を出して可愛らしく声をかけてくる。


「アス。お疲れ様」


「うふふ~☆ マスタ~、紹介するよ~☆ 私の新しい眷属のシャーロットちゃんで~す☆」


 アスと一緒に玉座の前に入って来る女は、モニター越しでずっと見続けていた団長だ。

 玉座の前に着いた彼女は、真っ先に土下座をする。


「シャーロットと申します。この度はアス様の眷属になった事を嬉しく思います。ご主人様もわたくしめが必要でしたら何でも命じてくださいませ」


 何でも――――という言葉にドキッとする。

 全てはレヴィとアメリアの所為である。


 …………いや、最近色んな事があり過ぎて、何でもそういう風に取ってしまうが、単純に労働力としては申し分ない。

 騎士団団長にまでなったほどの腕前で、レベルも非常に高い。

 アメリアの代わりに重いモノを持たせてもいいかも知れない。


「アス」


「は~い☆」


「此度の活躍、褒めて遣わす」


「ありがたき幸せ☆ マスタ~☆」


「うむ?」


「私も褒美が欲しいのです~☆」


 き、来たぁああああああ!


「う、うむ。頑張った者には褒美を与えねばな。俺に出来る事なら何でも良いぞ」


「やった~☆」


 アスが俺にダイブしてくる。

 意外にも爽やかな匂いがして、アスの温もりが肌から伝わって来る。


「マスタ~私も~マスタ~の寵愛が欲しいです~☆」


 恥ずかしそうに小さい声で話すアスがまた可愛らしい。

 時折怖い一面を見せるが、基本的には無邪気でのほほんとして可愛らしいのだ。

 そんなアスの頭を優しく撫でてあげる。

 多分、俺の顔は凄く緩んでいるかも知れないな。


「あ、アス。すまぬが明日でもいいか?」


「いいですよ~?☆ マスタ~どうかしたのですか?」


「う、うむ。今日は少し調子が良くなくてな」


 嘘である。

 アメリアさんに色々されてしまって、もう元気がないのだ。いや元気は有り余っているが、せっかくアスとの時間だ。全力で応えたいではないか。


「じゃあ、今日はう~んと美味しい物食べてゆっくりしてくださいね~☆」


「ああ」


「マスタ~」


「う、うむ? 今度はどうした」


「シャーロットちゃんを置いていきますので、自由に使ってくださいね~☆」


 うぐっ!

 レヴィよりは慎ましいが、鍛えた身体が美しいラインをキープしており、顔も女性の中では上位に入るほどに美人である。

 見方によっては、アメリアやアスよりも、団長に興味を持つ男性も多いだろう。

 そんな団長を残し、アスは俺の前を後にした。


 ポツンと残された団長は正座をし、指示を待つ。

 何だか、ペットショップとかにいる見世ペットの犬みたいにちょこんと座って、可愛らしい瞳で俺を見つめている。

 これはこれで困るのだが…………。


「シャーロットと言ったな?」


「はい。シャーロットと申します。ご主人様」


 正座したまま、深々と頭を下げる。

 美しく金色に輝く長い髪がゆらりと落ちて地面にとぐろを巻く。

 顔をあげた彼女の瞳もまた髪と同じ色で、今すぐに吸い込まれそうだ。


「まずお前の正体を教えろ」


「はい。私はレイジネ王国のケアラ子爵家の長女であり、王国第二騎士団の団長を勤めておりました」


 王国の名前はレイジネというのか。

 子爵といえば、それなりに高い地位のはず。

 一番上は言うまでもなく王だが、次に位が高いのは王家の分家で公爵になるはず。

 ここまでは王家の血筋で決まるので、普通の家ではなれないはずだ。


 通常の貴族では伯爵位が一番高いはずで、最も重要な役職に付いたり、王の側近になる。

 その次が、団長の家柄でもある子爵だ。

 子爵は普通の貴族の中ではある意味最高位になる。

 その下に一番多い男爵、一代のみが男爵となる準男爵があるはずだ。

 子爵と言えば街を一つ与えられるくらいなので、子爵がどれほど身分が高いのかは言うまでもない。


「このダンジョンに来た理由は?」


「ギブロン街を任せていたギブロン子爵が失踪したとの連絡あり、近くの不思議なダンジョンに入ったっきり帰ってこないとのことでした。ギブロン子爵の兵士団も連れて失踪とのことで、ダンジョンに『魔人』が出現したのではないかと、その調査及び魔人の退治のために参りました」


 魔人? ダンジョンマスターのことか?


「魔人とはなんだ」


「はい。魔人とは魔族の一種で、魔族の中でも最も残酷狡猾な種族でございます。黒い肌に背中には羽根があり、頭に角がございます。角の本数でその魔人の強さを知る事が出来、最大3本で最強の魔人と判断します。王国歴史上、3本が観測されたのはたった1回のみで、大陸の半分が焼かれたと言われております」


 よ、よかった!

 ダンジョンマスターの事ではないのだな!

 それはそうと、異種族がいるとは思ったが、魔族とやらもいるらしい。

 残酷狡猾というなら、色んな種族の敵となるだろうな。


「ん? ダンジョンと魔人はどう関係するのだ?」


「はっ、どうしてか魔人はダンジョンに住むのを好みます。どうやらダンジョンを操作・・出来るようでして、『グランドダンジョン』の1層の魔物が等間隔で設置されており、魔人の仕業ではないかと予想しました。2層で壁の裏に大量の魔物が確認出来たため、魔人が住んでいるダンジョンを確信した次第でございます」


 もしかして、魔人はダンジョンマスターのことを知っていて、ダンジョンコアを手に入れて、ダンジョンで住んでいるのか?

 ただ、俺が予想するに、残酷というのなら俺みたいに1層で釣ったりするのだろうか?


「1層で冒険者を育てるような魔人も存在するのか?」


「いいえ、王国及び大陸に伝わっている魔人の情報で、『グランドダンジョン』のように冒険者を育てるような事例は観測されておりません」


 やはりな……。


「お前一人で1本と戦った場合、勝てるか?」


「いえ、まず勝てないと思います」


「ここに来た騎士団の連中となら?」


「それなら十分勝てるかと思います」


 という事は、1本くらいならアスたちで十分対処出来そうだな?

 問題は2本と3本の対処法だな。

 まあ、実際の強さを見た訳ではないし、対策と言ってもダンポが貯まらないと行えないので、今はただ待つしかないな。


 聞きたい事を終え、団長はアメリアに押し付けてやった。

 団長はレベルが高く、ステータスが高いようで、さらに物覚えもよくアメリアと一緒に料理を作り始めた。

 団長の料理か…………。

 それはそれで楽しみだな。

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