第9話 眷属奴隷のお願い

「…………話してみろ」


 地面に頭をこすり付けている眷属奴隷に答えた。


「はいっ、わたくしめに妹弟達をここに連れてこれるチャンスをくださいませんか!? 妹弟達も一所懸命に働かせます! どうかお願いします!」


 予想通り、妹弟達を助けたいか。

 食料は十二分にある。

 だが、『眷属奴隷』を更に増やして俺に得する事があるのか?

 そもそも俺がここで『ダンジョンマスター』をやっているのは、どうしてだ?


 ――――働かずにのんびり生きたい。


 それが最も重要なはずだ。

 そのためなら、あんなクソ不味い果物を食べながら一か月生きてなどいない。

 見るからにアメリアは働き者に見える。

 それに妹弟達が5人増えれば、俺が手を下さなくても植物を取らせる事が出来る。

 それだけでも人手を増やすメリットはある。

 だがしかし、アメリアを信じていいのだろうか?

 出て行ったきり帰って来なかったり、ここの噂を広めてしまうかも知れない。

 そのデメリットを考えれば、悩ましい状況だ。


「ど、奴隷でしたら、制約が決められると聞いた事がございます! もしわたくしめに何か心配ごとがありましたら、禁止する制約を刻んでくださいませ!」


 ん? 制約?


【『奴隷』及び『眷属奴隷』には『制約』を科すことが出来ます。違反する事は不可能になります。『制約』は細かいモノから大まかなモノまで自由に設定可能です】


 なるほど。

 では、早速俺の事を他言無用にして、ここの事も他言無用にして、必ずここに帰って来るように設定する。

 意外にもあっさり決められて、彼女の頭の上に『制約』が文字になって一瞬見えた。

 これで『制約』は決められたんだな。


「かしこまりました」


 どうやら彼女にも『制約』の内容は伝えられたみたいだな。


「だが、お前の意思ではなく、周りの意思で帰って来れないかも知れない。俺も一緒に同行しよう」


「!? あ、ありがとうございます!」


 一度顔を上げた彼女は、またもや頭を地面にこすりつける。

 既に俺の眷属奴隷ではあるけれど、ここまで忠誠心を表すのは彼女の本質なのだと思う。


 お土産がてら、植物でも持って行こうかな?


「ご、ご主人様! そのような物を持って行くと目立ってしまいます!」


「ん? これくらいで目立つのか?」


「はい…………食料は全て領主様が管理しているので、持って歩くだけで罪に問われる事もございます……」


 これは想像以上に問題だな。

 ただ、この世界ではそういうルールなのかも知れないので、それを俺がどうだこうだと言うつもりはない。

 ここはアメリアの忠告従って、食い物は置いていくことにする。


 今からダンジョンを出ようと思うけど、ダンジョンマスターがダンジョンを離れても大丈夫なのだろうか?


【ダンジョンマスターがダンジョンを離れても全く問題ありません。ただし、不在の時には玉座にダンジョンコアが出現し、誰かが手にした時点でダンジョンの所有が渡され、ダンジョンマスターは死亡します】


 外に出るにもデメリットはあるって事だな。

 まあ、今のところ、ここまでたどり着いて来れる者はいるはずもないので、さっさとアメリアの住んでいた家に行って妹弟達を連れてくるとしよう。

 

 俺はアメリアと一緒にダンジョン3層から2層、そして1層に行き、ダンジョンを後にした。

 外に出る間、魔物達が俺達を一切攻撃しないことにアメリアが不思議がっていたけど、彼らは僕の眷属なので心配ないのだ。

 それにアメリアも既に眷属なので、魔物達に傷つけられることもない。

 1層を出る間、沢山の冒険者を通り過ぎた。

 彼らはたまに落ちるFランク植物に歓喜し、中には涙しながら食べる人も見える。

 言うまでもないが、彼らは手に入った果物や野菜をその場で食していた。




 ◇ ◆ ◇ ◆




 ダンジョンを出ると、目の前に広がる光景は俺が想像していた世界ではなかった。良い意味で。

 時間的にはまだお昼過ぎくらいで明るい。

 空には太陽とは少し違う虹色に輝く大きな太陽のような星が光っており、夜空を彩る星のような小さな黒い星が昼空の所狭ところせましと彩られていた。


「ご主人様。外は初めてですか?」


「ああ。俺は生まれてずっとダンジョンで暮らしていたからな。外の世界は初めてだ」


「では、僭越ながら、ご主人様が見ていらしたのは、黒星くろぼしをいう星で、夜には逆に光り輝きます。でもその明かりはそれほど強くないので明るくはなりません。向こうに見えるのは、赤日せきじつ様になります。少しずつ色が青くなり、完全に青くなると夜になります。その時には青日せいじつ様と呼んでおります」


「ふむ。その赤日様は動いたりしないのか?」


「いいえ? 赤日様はずっと東の空に浮かんでらっしゃいます」


 この世界の太陽は不思議な太陽なんだな。

 全く移動せず、色を変えて昼と夜に分かれる。

 それに呼応するかのように回りの星は昼は黒く、夜は光るらしい。


 アメリアの案内でダンジョンから赤日様が浮いている方向に歩いて行く。

 歩いているうちに気になったのは、木々が非常に多い。

 こんなに木々が多くなっているなら、食べ物が豊なのではないか?


「アメリア」


「はい、ご主人様」


「そこら辺中に育っている木々からは実が取れないのか?」


「実…………でございますか?」


「ああ、木の実とか?」


「えっと、ご主人様。大変申し訳ないのですが、木からは何の実もなりませんよ?」


「ん? この木だけでなく、全ての木から実がならないのか?」


「はい。木から実がなるなんて、聞いた事がございません」


 これは異世界ならではのことだろうな。

 アメリアの言い分から、この世界では食料が取りにくいのは、木から実がならないからなのか。

 もしや…………食べれる植物が存在しないのか?

 進んでいる道の周りを眺める。

 土にも木々にも食べれそうなモノが全く見当たらない。

 帰ったらアメリアに色々聞いてみるとしよう。


 暫く歩いた先にあったのは、大きな街だった。


「ご主人様。こちらがわたくしめが住んでいたギブロン街でございます。ギブロン子爵様の街でございます」


「うむ」


 俺達はそのまま街の前まで進める。

 すると、街の入口に立っていた衛兵が俺を睨んできた。


「そこの男。止まれ」


 衛兵は睨み続けながら、俺に近づいて来る。


「何か用でしょうか?」


 取り敢えず無難な答えを返す。


「お前、どこから来た? ここいらでは見ない服だな?」


 服?

 そういや、自分の服装を気にした事がなかったな。

 自分が着ている服を見る。

 これは、前世で最後に着ていたスーツだな。


「はい。これはのダンジョンで拾った防具でございます」


「!? あのダンジョンからそんなモノも出たのか!? 感謝する。すぐに報告せねば!」


 衛兵は急いで街の中に走っていく。

 咄嗟に嘘をついたけど、ある意味現実になるかも知れないからね。

 ぜひ、彼らにも頑張って欲しいものだ。


「アメリア。案内しろ」


「はい、ご主人様」


 俺はアメリアの案内で、異世界で初めての街を訪問した。

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