第8話 眷属奴隷

 ダンジョンマスターのレベルが2になってから、暫くやる事もなかったので、のんびりとダンジョン1層を眺めている。

 1層魔物達に登録したFランク植物。

 意外な事に、冒険者達からすごく評判が良い。

 あんな不味いモノでも、彼らにとってはご馳走になるらしい。

 ちょっと不憫に思ってしまってドロップ率を5%から20%に、ポイズンフロッグのドロップを30%に引き上げている。


 そんな中、俺は信じられない光景を目撃する。


 1層入口を映しているモニターに一人の女の子が入って来るのが見えた。

 まだ15歳前後くらいの少女は、見るからに震え上がっている。

 その右手には、料理で使うような包丁が握られていた。


 …………これって…………修羅場的なあれじゃないよな?


 とても気になったので、個人を追う用のモニターで少女の動向を追う。

 洞窟に恐る恐る入った少女は、最弱魔物のスライムを見つける。

 すると、スライムを睨み、震える身体で包丁で持って狙いをつけた。


 いやいやいやいや。


 いくらステータスがある世界とはいえ、そんな華奢な身体の少女が倒せるほど弱くはないよ?

 ここまで沢山の冒険者を見て来たからこそ分かるけど、このままでは少女は間違いなくスライムに殺されてしまうだろう。

 案の定、目をつぶりスライムに包丁を突き付けて、大声を上げながら突撃していく。

 一体何をしているんだろうか……。


 スライムに包丁が刺さったが、そんな攻撃一撃で倒せるわけもなく、スライムに叩き込まれ少女は飛ばれた。


 ほら、言わんこっちゃない。

 まだ成人もしてない少女が一人で勝てるほど、魔物は優しくないよ?


 少女は口から血を流しながらも立ち上がる。

 その目には大きな涙を浮かべるが、決して逃げようとはしない。

 異世界に来て、最も心が痛む状況だ。

 彼女はこのままでは間違いなく死ぬ。それは言わば無駄死になるだろう。そんな光景に良心が痛んでしまう。


 本来なら冒険者に手助けは極力しない。

 だが、彼女は冒険者には見えないし、何か事情があるんじゃないかと思う。

 だから、俺はそっとスライムに「動くな」と命令をする。

 少女は、もう一度包丁を突き付けて、今度は覚悟を決めたように両目をしっかり開けて突撃する。

 包丁がスライムに突き刺さっても倒せなかったが、少女はそこから何度もスライムを斬り刻む。

 数十回斬ったところで、スライムが光の粒子状態になり倒された。


「そ、そんな…………」


 倒れたスライムの跡を見て、彼女は力尽きて屈んでしまう。

 その目には大きな涙が浮かぶ。


 倒したのに悲しんでいる?

 もしかして、自殺志願者だったのか?


「このままでは…………妹達が…………ううっ…………」


 彼女は一分ほど泣いて、また何かを決め込んだように立ち上がった。

 その瞳には決心したような覚悟が伺える。

 そのまま奥に進んだ先に、ゴブリンが一体待っていた。

 スライムよりも強いゴブリンに、彼女は絶対に勝つ事など不可能だ。


 くっ…………また手助けしてあげるべきか、追い出すべきか…………。


 ゴブリンに致命打は与えないように命令を送る。

 少女はスライム同様、包丁を突き立て突撃した。

 しかし、ゴブリンは彼女の両手を、手で持っていた棍棒で殴りつける。


「痛っ! あああああああ」


 少女が両手で持った包丁が遠くに飛び壁に刺さる。

 彼女の両手は、叩き込まれて真っ赤に腫れ、動かせる状態じゃない。

 ゴブリンがゆっくり近づいても、彼女は逃げようとしない。

 直後、ゴブリンに叩き飛ばされた彼女の身体は、ボロボロになった雑巾のように宙を舞って、地面に叩き込まれた。

 即死――――ではないと思う。

 ゴブリンには致命打にならないくらいでと命令しているから。

 その証拠にまだ彼女には息がある。

 ただ、このままではいずれ衰弱して死ぬんじゃないだろうか……。

 どうしてこんな少女がこのダンジョンに入ったのか理解出来ない。

 何とかダンジョンから助けてやりたい気持ちもあるのだが……どうしたらいいものか……。




【ダンジョンマスターの権限により、瀕死状態の侵入者を『眷属奴隷』状態で呼び寄せる事が可能です。瀕死状態であればレベルや性別、種族、加護に関係なく『眷属奴隷』に出来ます】




 ん? 眷属奴隷? それがあれば、彼女は助かるのか?


【眷属は『ダンジョンマスター』の所有物となり、庇護下で大きな力を発揮する事が出来ます。眷属奴隷は『ダンジョンマスター』の所有物となり、庇護下に置かれる事となります。どちらも『ダンジョンマスター』に逆らう事は不可能で、属性『不死身』が与えられます】


 不死身属性か…………。

 瀕死状態であれば、強制的に『眷属奴隷』に出来るなら、そうしてしまってもいいかも知れないな。

 俺はそっと彼女に『眷属奴隷』を付与・・した。




 ◇ ◆ ◇ ◆




「ん…………こ、ここは?」


「やっと起きたか」


「えっと…………っ!? こ、ここはどこですか!?」


 地べたで眠らせていた彼女がやっと目が覚ます。

 俺にとって初めての『眷属奴隷』。

 瀕死状態で『眷属奴隷』にして、3層に召喚出来たので、召喚して放置させていた。

 属性『不死身』となれば、体力も徐々に回復するとの事だったので、三日ほど放置していた。


「お前は俺のダンジョンで瀕死状態となり、今は俺の『眷属奴隷』となっている」


「け、けんぞくどれい……?」


「そうだ。お前は無謀に挑戦してゴブリンに殺されかけたのだ。覚えているだろう?」


「っ! …………は、はい……覚えています…………」


「どうせ死ぬ命ならと、俺の役に立てて貰おうと奴隷にした。異論はないだろう?」


「……はぃ…………」


 明らかに落ち込んでいる。

 まあ、目を覚ましたらお前は奴隷になったと言われたら誰でもそう思うだろうね。


「ほら、食っていい」


 俺は事前に取ったEランク植物を与える。

 その果物や野菜を見た彼女の目が大きくなる。

 我慢出来なかったようで、次々食べ始める。


「そんなに急いで食わなくてもそれは逃げないぞ」


 彼女は大きく頷きながら、それでも辞める事なく食べ続けた。

 そんな彼女が食事を終えるまで、ゆっくり待ってあげる事にしよう。




 彼女が半分ほどを食べたあと、手を止めた。


「どうした? もう腹いっぱいなのか?」


「い、いえ…………大変申し訳ないのですが、残った分は持って帰りたいのですが…………」


「…………残念ながら、お前はここから帰る事は出来ない」


「っ!? ………………やっぱりそうですか…………」


「お前はもう俺の所有物だ。お前が帰る場所はここである」


「……はぃ」


「まずお前の名前を教えろ」


「は、はいっ! 私はアメリアと申します」


 アメリアか。良い名だ。


「俺はマサムネという。お前が入った『グランドダンジョン』のダンジョンマスターをしている」


「マサムネ様…………かしこまりました」


 彼女は現状を受け入れ始めている。

 実はこれにも理由がある。

 『眷属奴隷』は、相手を強制的に俺の部下とするのと一緒に、相手の思考を強制的に誘導・・するとの事だ。

 彼女は俺の奴隷になった事を段々納得するようになり、最終的には奴隷である事が当たり前になるはずだ。それは文字通りに奴隷化に思える。


「アメリア。お前はどうしてダンジョンに入ったのだ? まだ成人もしていないように見えるが……?」


「はい…………私には妹が3人、弟が2人いまして、妹弟達を何とか食わせなくてはならないと思いまして…………そんな折、こちらのダンジョンの1層で魔物を倒すと食べ物が手に入ると噂を聞きましたので、倒しに来ました」


 自殺志願者ではなかったか。

 それよりも、ちゃんとした理由があったのだな……。


「外の世界はそれほど食べ物に困っているのか?」


「はい…………全ての食べ物は領主様が管理なさっていて、高額で取引されているので、私達のような平民は満足に食べる事も叶いません…………」


 もしやと思っていたけど、やっぱりこの世界の支配者は碌な奴ではないらしい。

 まあ、それを言うなら俺も碌な奴ではないよな。こうして侵入者でダンポを稼いでいるからな。




「マサムネ様! お願いがございます! 奴隷如きでお願いなんて有り得ないかも知れませんが、これからマサムネ様のために出来る限り、精いっぱい勤めさせて頂きます! ですので、わたくしめのたった一つのお願いを聞いてはくださいませんか?」


 彼女は俺の前で頭を地面に付くほど土下座をして、お願いごとをしてきた。

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