第八膳『孤独を癒すラーメン』(回答)

ラーメンたべたい、うまいのたべたい

熱いのたべたい……


昔覚えた歌を心の中で歌いながら屋台を見て歩く。一番多いのは、やっぱり虹えび炒め。次が、えびシュウマイ。それからえび焼きそば。


 ―― やっぱり、ラーメンってないのかなぁ……。


ないとなるとますます食べたくなるのがラーメン。


ラーメンたべたい、今すぐたべたい

ひとりでたべたい……


 ―― あ、あれ! 拉麺って書いてある!


 『虹えび炒め』と真っ赤なペンキでデカデカと書かれた看板と『えび焼きそば』のエビの部分に虹えびの殻がゴテゴテとデコレーションされている看板の間に、「拉麺ラーメン」と書かれたA型の小さな木の看板を見つけた。一見見落としてしまいそうなくらい小さな看板。でも、私は迷わず、その店の中に入った。


「あ、い、いらっしゃいませ」


 そう声をかけてきたのは、耳が少し尖っている少年。にこにこしている。


「わあ。お客さんだぁ。座って、座って!」

 

 少年のはしゃいだ声に、私もつられて自然と笑みがこぼれる。私が座ったのを見届けると、少年は少し顔を赤らめてもじもじっとすると、上目遣いで私を見た。


「じいちゃん、今、出かけていないから、簡単な拉麺ラーメンしか作れないけどいい?」


「構わないわ」と答えると、「やったぁ!!」とあからさまに嬉しそうな返事が返ってきた。カウンターの向こう側でぴょんぴょん跳ねている。それから、「よし」と頬をひとつたたくと、笑顔を消して真剣な顔になった。

 少年は、麵箱の蓋をずらして、麺をひと玉取り出した。自分の手よりすこし大きなその塊を両手で大事そうに持つと、ぐらぐらと煮えているお湯の中にあるザルに取っ手がついたような『てぼ』と呼ばれる調理器具の中に入れる。それから、砂時計をさかさにして、箸で麺を優しくほぐして茹で始めた。拉麵を作っている少年の顔をそっと観察すると、「おいしくなぁれ。おいしくなぁれ」と小さくつぶやいている。


 ―― 可愛い……。


 少年が、真剣な顔で棚から大きめの器をとりだし、器の状態を丁寧に確認してから机の上に置いた。その動作にはらはらして思わず手伝いたくなったけれど、ぐっと我慢して少年の様子を観察する。


 少年の拉麺ラーメンを作る動作は、一つ一つが丁寧で、一生懸命だ。愛情があふれているといっても過言じゃないと思う。美味しいものを食べさせたいという思いが伝わってくる。そんな少年の姿を見ていると、こっちまで胸が熱くなってくる。


 黄金色に輝いているかえし、油、そして、透き通った出汁を器に入れた。金色に輝いている透明なスープの出来上がりだ。そこに、ゆであがった麺を恭しく、細心の注意を払って、そっとのせている。さらに、殻をむいて茹でた虹えび、おそらく虹えびの殻がはいっているだろう虹色のみそ、白ネギを丁寧にのせた。


「よし! 完成!!」


 少年がにっこり笑って私を見た。私も笑顔になる。そして、なんだか、うれしくなる。少年が、まるで宝物をささげる騎士のような雰囲気で私の前に拉麺ラーメンを置いた。


「どうぞ。めしあがれ」


 ―― ちょっとだけ声が震えているような気がしたのは気のせい? 


 少年が両手を合わせて私の隣に立った。あえてそこには触れず、私は拉麺ラーメンの器を手に取り、その香りを楽しむ。

 

「美味しそう! えびのいい匂いがするわ。それに、この上に乗っているのは虹えびの殻でしょ? 虹色をしていてとても奇麗だわ」


 私は小さく手を合わせて、「いただきます」と唱えると、拉麺ラーメンを食べ始めた。透明なスープは、虹えびの濃厚なうまみと野菜が絡み合って、奥深い味がする。雑味がぜんぜんない。このかえしと出汁を作った料理人の丁寧さがわかる。


「美味しいわ。虹えび塩拉麺ラーメンって初めて食べたけど、こんなに上品で濃厚な味だとは思わなかったわ。虹えびってどれだけうまみが詰まっているのかしら。麺もちょうどいい硬さだったわ。スープがほどよく絡んで一気に食べてしまったわ」

 

 私はスープも飲み干して、殻になった器の底を眺める。私の隣で、はらはらと私が食べるのを見守っていた少年が、ぴょんと跳ねた。顔が真っ赤になって、満面の笑みだ。


「よかったぁ。実はね、この拉麺ラーメンね、ボク、一人で初めて作ったの」

「え? そうだったの」

「うん。じいちゃんがね、もしお客さんが来て、いいって言ったら、作ってごらんって言ってくれたの。だからね、お姉さんは、ボクの初めてのお客さんなのー」

「そっかぁ」

「うん。だから、美味しいって言ってくれて、すごく嬉しい」


 少年はいい笑顔で笑った。


 その笑顔と美味しい拉麺ラーメンは私の落ち込んだ気持ちを切り替えてくれるのに十分な効果があった。初めて一人で料理を作って振る舞ったときの気持ちが私の中によみがえってきた。少年が私の隣で両手を合わせていたのもわかる。すごく嬉しかったことを思い出す。料理は食べた人を幸せにするだけじゃなく、作った人も幸せにするんだわ。


「本当に美味しい拉麺ラーメンをありがとう。私もなんだか頑張れる気がしてきた。ごちそうさま」


 そういうと、お代を払って、私は店をあとにした。なんだか、体中が軽い。あんなに遠いなぁと思っていた王宮も、走っていけば行けそうな気がしてきた。


「明日の結果がダメでも、『悲しいことがあっても、つらいことがあっても、美味しい料理は生きていく糧になる。だから、美味しいものを作りたい、美味しいものをたべる笑顔が見たい。そして、作る私も幸せになりたい』ってお師匠様に言おう!!」


 

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