第八膳『孤独を癒すラーメン』(お題)

「おい、店主!」

「え? あっ、は、はい」


 少し茶色くなった虹えびが油の中でぷかぷか浮いていることに、気がついて、あわてて取り出す。


 ―― いかんいかん。天麩羅を作っている最中だった。


「ごめんなさい。揚げすぎてしまったようです。もう一度揚げなおしますから。少しお待ちください」

「はあぁ? 待たせておいて、そんなことを言うのか? もう、いいよ。それで」


 お客さんはぶすっとした顔で言うと、揚げすぎて茶色くなってしまった虹えびを指した。「すみません」と小さくつぶやくと、私は、串にさした虹えびの天麩羅を渡した。


「あ、お代はいいです」

「ふん。こんな焦げた天麩羅で金、払いたかねーよ! 店は辛気臭いし、さいあく」


 機嫌悪くお客さんが屋台から出ていった。 


「はぁ、またやっちゃった……」


 お客さんの背中を見ながら、私はひとつため息をつく。


 呪いの解けた天蓬テンポウさんは、挨拶もそこそこに捲簾ケンレンさん達とともに王宮へ行ってしまった。獣人の時の記憶がないから仕方ないとはいえ、天蓬テンポウさんの他人行儀な態度にはかなりへこんだ。二日が過ぎたと言うのに、絶賛落ち込み中だ。がらんとした屋台を見渡す。天蓬さん達がいた時は、窮屈でにぎやかで明るかった屋台だったのに、今はお客様もまばらで、ピチピチと油の音が響くだけだ。


 もう、虹えびの料理大会に出場する理由もなくなってしまったけれど、それでも、屋台を一人で営業することにしたんだ。


 ―― お師匠様も王宮に呼ばれているし、今、王宮はてんやわんやなんだろうなぁ。だから、誰も来ないのかも。でも、明日になったら、銀炉さんあたり来るかも。


 未練だなと思うけど、淡い期待を打ち消すだけの勇気もない。


 ―― みんなが楽しめる料理、わたしが作ることを楽しめる料理。そんな楽しい料理を提供できるお店を開いてみたいな。

 

 そう思っていたけど、わたしの思うみんなは天蓬さん達限定だったのかなと、今更思う。たまにお客さんが屋台に入ってきても、話もまともにできないし、おまけに天麩羅は失敗だらけで、全然美味しい料理を提供することができていない。お客さんを怒らせてばかりだ。虹色が売りの揚げたてさくさく天麩羅もどんより曇り空だ。


『大事なものは失ってはじめてわかる』

 

 そんなことは知っているし、わかっている。私はまた、ひとつため息をつく。


「まだあきらめがつくタイミングだっただけ、マシだっておもわなきゃ」

「お師匠様も帰ってきたし」

「それに一人の気楽さには慣れてるわ」


 自分に言い聞かせるための独り言が、薄暗い屋台の中に響く。

 すっかり日も暮れ、外も屋台の中も薄暗い。   


くう……。

 と、小さくお腹が鳴った。


 そういえば昼ご飯も食べていなかったっけ。


「こんな時でもお腹だけは空くのね」


 今日は、外に食べに行こう。明後日は虹えびの料理大会。明日は、料理大会に出場できる五人の料理人の発表だ。つまり、この通りにたくさんある屋台も明日までってこと。夢みたいな時間はおしまいってこと。

 

 ―― なに食べようかな。


 そういえば、他の屋台で食べたのって、えび餃子だけだった。


 ―― やっぱ、屋台と言えば、ラーメンだよね!

 ―― うん。久しぶりにラーメンを食べたいな。

 ―― でも、この世界、ラーメンってあるのかなぁ。自分で作んなきゃかなぁ?


 とりあえず財布を持って、外に出る。屋台が立ち並ぶ通りの先に王宮が見える。


 ―― 近いのに遠いなぁ……。


天蓬テンポウさん、…………お腹すかせてないといいな」


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