第七膳『春の訪れと天ぷら』(回答)


 キン(金炉)さん、ギン(銀炉)さんに手伝ってもらって手早く天麩羅の準備を始める。


 虹えびは殻をむいて背ワタをとり、片栗粉、水、塩を加えてよくもみ洗いをする。汚れを取ってから酒で洗えば、臭みがぐっと減る。それを串にさす。えびには、麝香草タイムを加えた天ぷら用粉(小麦粉プラス片栗粉)を用意しておく。奇麗に向けた殻は少しだけよけて、残りを鍋に入れた。

 

「キンさん、鍋にはいっている殻を炒って、潰して粉状にしてくれる?」

「いいっすよ」


 野菜は、赤蓼アカタデ西紅柿トマト、人参、菜花ナノハナ竜髭菜アスパラガス、紫花椰菜カリフラワー瑠璃菜ルリナ、紫芋、接骨木ニワトコの枝。


「ギンさん、西紅柿トマト接骨木ニワトコの枝以外の野菜を食べやすい大きさに切って、串に奇麗にさしてくれる?」

「りょうかーい」


 肉は、牛肉と豚肉。一口サイズにきった牛肉に明日葉を巻いて串に3つほどさす。豚肉は西紅柿トマトにまきつける。肉用の天ぷら用粉(小麦粉プラス片栗粉)には、迷迭香ローズマリーを少し加えておく。


 お皿や箸の準備をしているレン姉さま(捲簾さん)の横で、隠れるように黒いフードを深くかぶって天蓬テンポウさんがうなだれている。『怒られずにちょっとの間だけなんでもし放題妖具』の恥ずかしいことって、半刻たつと、服は透明のままで、中にいる人が幽霊のように透けて見えるなんて知らなかったわよ。


「主も往来で素っ裸とは、人生、終わりましたね」

「……言うな」

「でも、すごい人気だったわ。みんな幽霊でもいいから帰ってきてくれて嬉しいって。泣いていた人までいたんだもの」

「しかし、あれでは単なる露出……」

「ねえ、気を取り直して食事にしない? 今日は、水蓮特製天麩羅よ! 美味しいわよぉ」

「天麩羅~。天麩羅~。オレ、肉がいい!!」

「ギンさん、ごめんね。今日は順番に揚げていくから、その揚げたものから食べてほしいの」

「揚げたて?!」

「だから、座って、座って」

「スイはどうするのだ?」

「私? 私は、こっち側で揚げながら食べるわ。ここにいれば、みんなが美味しいって食べるところを見えるしね」

 

 調理台を挟んで、私と四人が向き合う。お寿司屋さんの板前さんってこんな感じなのかな。みんなに見つめられて照れくさいけれど、みんなの顔が見れるから嬉しい。


「じゃ、いくわよ。最初は、赤蓼アカタデからね。串の部分を持てはパクリと食べられると思うの。最初は何もつけずに食べて、それから、お好みの塩をつけて食べてみて」


 塩は、えび塩、檸檬塩、大蒜塩、香草塩、ごま茶塩を用意した。


 串に刺した赤蓼アカタデは、その名の通り、赤いフキみたいな植物。茎の部分を食べるのだけど、シャクシャクした食感とぴりっとした苦みがたまらない。えび塩をちょっとだけつけて食べると、相乗効果でさらに美味しくなるはず。


 四人は口に入れた途端、目を大きくして息を止めた。そして、むしゃむしゃと咀嚼音だけになる。食べる速度が速いのと、ニコニコしているから、美味しいんだと思う。私は、次の人参をお皿にのせる。四人がぱくりと口の中に入れる。無言でむしゃむしゃと食べ続ける。


 菜花ナノハナ竜髭菜アスパラガス、紫花椰菜カリフラワー瑠璃菜ルリナ、紫芋、と次々に揚げては皿にのせた。四人ともとりつかれた様に無言で食べ進めている。


「今のでね、お野菜で虹を表してみたんだけど……」


「へ?」とギン(銀炉)さん。

 レン姉さま(捲簾さん)と天蓬テンポウさんは静かに頷いていた。


「赤蓼で赤、人参で橙、菜花ナノハナで黄色、竜髭菜アスパラガスで緑、

花椰菜カリフラワーで青、瑠璃菜ルリナで藍、紫芋で紫を表したのですね。まさしく虹!! さっき食べた野菜を全部並べてほしいわ。そして、もう一度、今度は一つずつ味わって食べたいみたい。

 スイの天麩羅は私の天麩羅のイメージをがらりと変えましたわ。こんなにも衣が薄くて、サクサクとしている天麩羅は初めてです。それに、色にこだわった野菜も目を楽しませてくれるし、食感もそれぞれ違っていて素敵でした。それに、串にさしてあるので食べやすい」

「でもさー、肉とえびまだじゃん? オレ、肉、まだかなーって思って食ってた」

「こんなにも素晴らしい天麩羅を食べておきながら、肉のことを考えていたなんて……」

「そりゃ、今まで食べた天麩羅の中では一番旨かったけどよぉ」

「そうね。やはり、屋台では好きな具材を選んでもらうことにするわ。あと、お肉とえびが残っているから、とりあえず次にいくね。次はね、ちょっと変わり種で、西紅柿トマトを豚肉で巻いてみたの」

「肉!!」

「それから、お茶も用意したの。お茶はね、水出しの薄紅葵うすべにあおい。最初、色が青色なんだけど、だんだん色が変化して紫色になるわ」


 西紅柿トマトの天麩羅と青色のお茶を差し出した。


「天麩羅が熱い分、熱くないお茶は舌が休まるからいいぞ」

「そう言ってくれるとうれしい」

「スイ! この西紅柿トマト、じゅわーとしてる!」

「ギンさん、火傷しないよう気をつけてね」


 噛むと肉汁と西紅柿トマトの果汁が口の中いっぱいに広がる。四人は「旨い」と言って、串にささっている残りの二つも一気に食べてしまった。私は檸檬塩につけて食べてみる。肉の脂っこさがさっぱりとする。


「次は、ギンさんご希望の牛肉の天麩羅よ」

「キン! 肉だぜ!!」

「おお! 肉だ!!」


 キン(金炉)さんとギン(銀炉)さんが顔を見合わせてにやにやしている。二人で顔を見合わせてパクリと口に入れた。


「あまーい!」

「明日葉がいいっす」

「牛はいい。さっきの豚も脂が甘いと思ったが牛の脂はもっと甘いぞ」


 四人が顔をほころばせながら、口々に感想を言っている。


 ―― こんな時間がずっと過ごせたらいいなぁ

 

 笑顔の四人を見ながら、虹えびを油の中に入れる。ジュワジュワ~とはじける音がする。油の中で虹えびの尻尾が鮮やかな虹色になっていく。接骨木ニワトコの枝に虹えびの殻をまとわりつかせたものも揚げる。枝にきらきらと虹色の花が咲いたように見える。


 私は一度天麩羅の火を止めて、接骨木ニワトコの枝に串の部分が持たれるように虹えびの天麩羅を盛りつけた。虹色の花が咲いているというイメージ通りに仕上がって、私は心の中でガッツポーズをとる。


「じゃ、今度は本日メインの虹えび!」

「おー!!」

「熱いからゆっくり食べてね」

「なんですか! このぷりぷり感は! えびがこんなにぷりぷりした弾力があって甘いとは!!」


 天蓬テンポウさん、キン(金炉)さんとギン(銀炉)さんは、一瞬目を大きくしたかと思うと、一心不乱にえびを食べている。

 美味しいものを食べているときって無口になってしまうってこういうことなんだ。嬉しくなって、私も虹えびを口に入れる。一口噛みしめると、甘いえびの味と衣に入れたタイムの爽やかな香りが鼻を抜けていく。美味しい。


―― そうだった!

 

私は、切った檸檬の輪切りを皿にのせる。


「これは?」


「えびにかけてもいいし、あと、薄紅葵うすべにあおいのお茶にこうやっていれると……」と言いながら、みんなが見えるように紫色になったお茶に檸檬の果汁を垂らす。すると、紫色がぱあっと桃色に変わった。


肉がいいか、えびがいいか争っていたキン(金炉)さんとギン(銀炉)さんが「「おお!! 妖術士になれるぞ!」」と声を重ねた。


―― 天蓬テンポウさん達の笑顔が見れて、私も嬉しい。やっぱり料理っていいなぁ……。


その時だった。  


 ふわり。


風もないのに、突然、屋台の幕が舞い上がった。四人の声がぴたりと止まり、顔から笑顔が消えた。


―― 誰かいる?!


「ごめんなさい。屋台は明日から営業します。今日は身内だけで試食会をしていて……」と私は、外にむかって声をかける。


「やはり、戻ってきたのだな」


 その声に、幕をはねのけ、四人が店の前にでる。私もあわてて外に出た。


 ―― 『イチ』!!


「くっくっ。相変わらず、女性に化けるのがお得意ですな。捲簾ケンレン殿。今回は清楚な村娘ですか。私としては先日の女性の方が好みでしたが……」

「イチ殿こそ、なぜこのような場所に? 私を捕えにこられたにしては衛士が見当たりませんが……」

「いえね、猪の亡霊が出たと言うので退治に参りました」


 そう言うと背の高い人物――イチは懐から、どこかで見たような瓢箪をとりだし、その蓋をとった。イチは気づかなかったようだけど、ぷーんと小さな虫がはいでてきたのが見えた。


 ―― あの瓢箪、どこで見たんだっけ。えっと……えっと……あ!!!


 イチ天蓬テンポウさんたちの方に瓢箪の口を向けた。


「おい、天蓬!」

「返事しちゃダメ!!」


 私とイチの声が重なる。


「返事をしたら、その瓢箪に吸い込まれてしまうわ!!!」








 









 

 

赤蓼アカタデ瑠璃菜ルリナ、虹えびは架空の食べ物です。


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