第七膳『春の訪れと天ぷら』(閑話 幽霊騒ぎ)金炉視点

 オレ、銀、スイ(美猴ビコウの弟子)、あと妖術具をまとった主は、王宮までの道の左右にたち並ぶ屋台を見ながら、市場にむかっていた。

 うまそうな匂いがぷうんとする。あちこちで客引きが立ち、声を上げている。


 ―― これって、やばいやつじゃね?


 となりで銀のやつがもぞもぞしている。見えないけど、主もそわそわしているに違いない。二人とも旨いものに目がない。ふらふらっと匂いに引き寄せられてしまうじゃないかと不安になる。


「ねえ、キンさん、去年の春祭りってどのくらいの屋台が出たの?」


 スイが、呑気にオレに話しかけてくる。 


「286っすよ。今回は、少し減ってる感じがするけど、200くらいはありそうっすね」

「200もあるの? それは大変だわ。ちなみに、去年はどんなお店が多かったの?」

「炒めもんっすかね。虹えびって火を通すと殻が鮮やかな虹色になるっすから、殻ごと焼いたのが多かったすよ。今年も炒めもんが多いっすね」

  

 炒めもんと聞いて、銀の喉がごくりと鳴る。

 

「そうねえ。炒めるとなると、合わせる食材や香辛料にバリエーションがいろいろあるからね。ほら、あそこは大蒜ニンニク、あっちは、唐辛子で炒めているわ」


 ―― 銀をあおってどーする?


 虹えび炒めとうたっていても、店によって野菜も香辛料も違う。銀が店のそばを通り過ぎるたび、鼻を動かしている。


「料理って、作る人が生きてきた歴史っていうか、その人がかかわってきた食材や人の影響をすごくうけるのね。不思議よねぇ」


「あ、あそこ、去年の優勝店!!」と銀のやつが大声で叫んだ。


「どこどこ? あ、『天下一美味い虹えびの甘辛炒め』ってのぼりがある、すごくたくさんの人が並んでいる屋台のこと?」

「そう! ちょー旨そうな匂い!! 食いたい!!」


 殻つきえびと玉葱、筍、落花生を甘辛いソースで炒めたやつは、くせになる味だ。「ソースには西紅柿トマトと唐辛子が入っているが、あとは秘伝のソースだ」とばあさんがにやりと笑ったことを思い出す。


 ―― オレも食いたい。


 銀のやつがその店に走り寄ろうとするから、あわてて首を押さえる。妖術具をかぶって透明になっている主の腹がぐぅっとなる。オレは「おほほほ」とひきつり笑いをするしかない。スイも銀も気がついたのか、まずいという顔をしている。


「あ、あっちに、えび餃子があるー!!」


 今度は銀が『ここが一番旨いえび餃子』とのぼりが立っている店を指さす。見れば、胸のでかくて丈の短い服をきたねえちゃんが、道行く人に試食をすすめている。オレの手をすり抜けて、銀がねえちゃんから皿を四つもらってきた。(うち二つが空中に浮かんでいるけど、見なかったことにする)


 パクリと食べる。


 ―― はずれだ。


 見ればとなりのスイも微妙な顔をしている。


「ちょっと、蒸しすぎかな。えびが固くなってしまっているわ」

「口直しに、旨いえび餃子が食いたいー!」

「そうねぇ……。あの店なんてどうかしら」


 きょろきょろっとあたりを見渡し、スイが指さしたのは、誰もいない店。店の中を覗いてみると、熊みたいなおやじが仁王立ちで立っていた。


 ―― 愛想わるー。


「えび餃子を4つ」


 おやじは黙って、せいろの蓋をとると、中からえび餃子を四つ皿にのせた。そして、だんと大きな音を立てて、皿を机の上においた。オレたちはお代を払うとそそくさと店をあとにした。


「なんか感じわるー」と銀。

「でも、餃子はとても美味しいわ。奇麗細工されたえびの尻尾も飾ってあって見た目も奇麗よ。それにふわふわぷりぷりっとしたえびの食感。噛んだ時にあふれる肉汁。美味しい…。でも、きっとあの人は、自分が作る料理なんだから旨いに決まっているって思っているのかもしれないわね。なんか、昔の私を見ているみたい」

「スイの言っていることはよくわかんないっすけど、この餃子はさっきのやつとは比べ物にならないくらい旨いっす」

「一つ食べたら、腹減ったー! 次―!!」

「いや、銀、もう時間がない。ちゃちゃっと、材料を買いにいくっす」

「屋台は気になるけど、買い物もして戻らなくっちゃ」

「「えー」」


 見えない主の声が銀の声に重なったけど、そこは無視する。



 それからはずっと銀の着物の袖を握りしめて見張るしかない。主は、見えないけど、ちゃんとついてきてくれていると信じるしかない。

 食材を買うための市場に行くまでは、本当に誘惑が多かった。えびシュウマイの湯気に、えび焼きそば、えびのホワイトシチュー、……。そのたびに、銀のやつは「食いたい」と駄々をこね、主の腹は鳴った。

 市場について、やっと、一安心かと思ったら、今度はスイのやつが店から離れない。菜花ナノハナを手に取りどっちにしようかと悩み、竜髭菜アスパラガスはもう少し太いのがいいわねーなんて言っている。銀のやつは肉の前から離れないし、まったくどいつもこいつもとため息をついたその時だった。


 少し先の店から悲鳴があがる。悲鳴をあげたそいつは腰を抜かして、あわあわとオレたちの後ろを指さしている。慌てて振り向くと、そこには、素っ裸の主がぼんやりと現れた。少し透けている姿はまるで幽霊のよう。


 ―― 服だけ透明のままなのか。主、ある意味、どうどうと立ちすぎ!


 スイは振り向いて素っ裸の主を見た途端、きゃーと悲鳴を上げた。そして、顔を覆ってしゃがんでしまった。スイと話をしていたばあさんといえば、「天蓬テンポウさま?」と、震えながらつぶやいている。


 どうしたのもかと悩んでいたら、隣にいた銀がひざまずいて大声を上げた。


「て、天蓬テンポウさま!! そのお姿は、もしや……ご、ご逝去なさ……」 


 それを聞いて、まわりの者も一斉に跪く。オレもあわてて跪いて手を合わせた。


「「天蓬テンポウさま!!」」


『すまぬな。みながあまりにも旨そうだったのでな。つい姿をみせてしまった。許せよ』


 そういうと、主はそのまま(素っ裸で! 透けた状態で!)その場を立ち去った。通りから悲鳴なのか歓喜なのかわからない声が上がっている。


 オレたちは後を追いかけるわけにもいかず、ただ頭を垂れているしかなかった……。









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