第七膳『春の訪れと天ぷら』(お題)

 「王様は街の人に慕われていたのね」


私は窓や扉に飾られた龍灯草リンディウムの花飾りを見ながら、荷台で寝そべっている天蓬さんに声をかけた。


 龍灯草リンディウムは、淡い紫色の小さな花。不思議なことに、暗い場所で、かすかに淡い光を放つ。終の棲家である世界樹のふもと(前世でいうあの世)でも咲いているともいわれている花。その花に話しかければ、死者に想いが届くと言われている。だから、この世界の人は、大切な人が死んだときには、窓や家に飾り、死者を悼む。


「そうだな」

「春祭りは例年通り開催するって衛士が言っていたね」

「そうだな」

「あとは、私の腕次第ね」

「策はあるのか?」

「まあね」

「では、頼んだ。水蓮の料理なら問題ない」

「ふふ。ありがと」


 私は荷台から離れ、屋台の準備をしている捲簾ケンレンさん達のところにむかう。捲簾ケンレンさん達も、私が持っていた染粉で髪を染め、女物の服を着ている。つまり、女装しているというわけ。でも、この前の火蓮カレンさんスタイルはやめて、清楚な女性に変身している。胸もさほど大きくない。

 捲簾ケンレンさんはレンと言う名前の私の姉という設定らしい。私の名前はスイ。ちなみに、金炉キンロさんと銀炉ギンロさんは、キン、ギンで、私達姉妹のお手伝いに駆り出された村娘という設定。


 細かい設定をしておかないと齟齬そごが出るというのが、捲簾ケンレンさんの論。まあ、わからなくもないけど、ちょっとめんどくさい。


「王宮からだいぶ離れたところだけど、お客様、来るかしら? ねえ、スイ」

「大丈夫よ。け……、じゃない、お姉さま」

「そうよね。大きな虹えびもいっぱい手にはいったことだし、スイの腕前なら大丈夫よねー」


 虹えびが今回のメイン食材。これを使って料理をする。料理方法は問わない。ただ、私たちは出だしが遅かったからすごく頑張らなきゃいけない。(街の人やらお役人がきて品定めをしていて、屋台の順位はほぼ出ていると衛士が親切に教えてくれた)


「それで、スイ様は何を作るつもりなのさ」とキン(金炉キンロさん)

「肉のちらし寿司がいいー!」とギン(銀炉ギンロさん)。


「ギン。花祭りなのですから、虹えびの料理に決まっています。ねぇ、スイ」

「オレ、虹えびのゆでたやつがいいっす」

「じゃ、オレ、虹えびの甘辛炒め!!」

「私は、虹えびと言えば、やはり皮ごと焼いたものが……」


 どの虹えびの料理がおいしいのか、話をしている捲簾ケンレンさん達の顔に自然と笑みが浮かぶ。それを見ながら、私も考える。

 

 ほんと人生って何があるかわからない。不思議なものだと思う。

 料理する事、食べる事を楽しめる日がまたやってくるなんて思いもしなかったもの。独りぼっちの生活は、生きるために食べるだけで、楽しみなんて何もなかった。

 それが、天蓬テンポウさんに出会って、美味しいって言われて、熾火だった想いははっきりと明るさと熱を取り戻した。捲簾ケンレンさん達の顔を見ていて、その思いははっきりとしてくる。悲しいことがあっても、つらいことがあっても、美味しい料理は生きていく糧になる。だから、美味しいものを作りたい、美味しいものをたべる笑顔が見たい。


「天麩羅にするわ!」


「天麩羅!! やったー!」とギン(銀炉さん)が目をキラキラさせて小躍りしている。そう。天麩羅と言えばごちそうだ。でも、捲簾さんが「天麩羅ですか」と腕を組んでいる。天麩羅と言えば、塩・胡椒をつけてたっぷりの衣をまとわせたフリッターみたいなものがこの世界では主流。インパクトに欠けると思っているだわ。


 ――甘いわね。! 私が作るのは、『水蓮特製揚げたて天麩羅』!! 


 私は、江戸時代に屋台で食べていたという串にさした天麩羅をイメージしている。


 一つ一つの具材を串にさしておいて、お客様に好みのものを選んでもらう。衣だってこだわって、薄力粉と片栗粉を使う。そして、肉用の衣には迷迭香ローズマリーを、えび用の衣には麝香草タイムを少しだけ入れる。野菜用は野菜の味を楽しんでほしいからあえて何もいれない。

 それを目の前で揚げる。油の香りと音。料理を待つ時間。自分のためにという特別感。柑橘系の薬草入りの塩。そして、消化促進の薬草茶。五感を、脳を、フルに刺激してみせる。


「水蓮特製揚げたて天麩羅はね、揚げたての天ぷらなの! どれもこれも最高においしいわよ! 虹えびも揚げるけど、お肉も、野菜も揚げるわ。これから、お肉と野菜を買い出しに行って、どの食材を天麩羅にするか、みんなで決めようと思うの。買い出しに、行ってくれる人?」

「「はい」」


 キン(金炉キンロさん)とギン(銀炉ギンロさん)が返事よく答え、荷台へ籠を取りに行く。


 ? 籠が宙を浮いているような??


「もしかして……て?」と言いかけたところで、キン(金炉キンロさん)が「もしかしなくてもです」といい、ギン(銀炉ギンロさん)が「主もいっしょ」と音を出さずに言った。


「そっかぁ」と言いながら、なんだか嬉しくなる。

 

 何が好きか、何が苦手か。何を食べたいか。そんな会話をしながら買い物をする。

 みんなが楽しめる料理、わたしが作ることを楽しめる料理。

 いつか。そう、いつか。

 そんな楽しい料理を提供できるお店を開いてみたいな。


「どうしたんすか?」と腰のあたりを変にくねられているキン(金炉キンロさん)が声をかけた。(たぶん、天蓬テンポウさんに突かれたに違いない)


 どうやらちょっとにやけていたらしい。


「天麩羅の具材を考えてたらつい、ね。春は美味しいものがたーくさんあるなーと思ってね」


 天気は快晴。おいしい天麩羅をたくさん作って、料理大会に参加して、――優勝するぞー!! 

 そして、狐目の妖術士に会って、天蓬テンポウさん達の憂いを晴らすんだ!!!






 だからこの時のわたしは気づいていなかった。この先、どんな未来が待っているかってことに…………。




****

龍灯草リンディウムという植物は架空の植物です。

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