食事のあとは、えええ? 川の上??

 ハンバーグを食べ終わり、西洋菩提樹リンデン香水茅レモングラスのブレンドティーを、みんなに配る。

 ハンバーグを食べているときは楽しそうだったのに、今の天蓬テンポウさん達の表情は硬い。疲れもあると思うのだけど、これからのことを考えなきゃいけないからだと思う。だから、せめてよく眠れるように、と願ってお茶を差し出す。


 カップを受け取った、捲簾ケンレンさんが「これは?」と尋ねる。金炉キンロさんと銀炉ギンロさんはカップを手で覆ってすんすんと香りをかいでいる。


西洋菩提樹リンデンの花」と金炉キンロさん

「と香水茅レモングラスの葉」と銀炉ギンロさん


「正解」


 ――さすが、妖術士。


「ふむ。甘いな」と天蓬テンポウさんがお茶を口に含んで言った。


「蜂蜜をいれないほうがよかった?」

「いや、そうではない。この薬草茶には蜜柑の皮もはいっているだろう」

「よくわかったわね。少しだけいれたわ」


 天蓬さんが満足げに頷くと、コップを机の上に置いた。そして、両手を組むと目をつぶった。


「そうではないのだ。甘いのは俺だ。俺は、まだ羅刹を信じたい気持ちが残っている。あいつは、貴族至上主義だし、嘘もつくし、俺を出し抜こうといつも画策する。しかし、俺から見ると、おだてられるとすぐ図に乗るし、雑だし、間抜けだ。だから、憎めない」


 天蓬テンポウさんが、ぎりっと奥歯を噛む。


「やはり、あいつは誰かに操られている」


「誰に?」と捲簾ケンレンさんが聞くと、「わかっていれれば、そいつを締め上げてる」と天蓬テンポウさんがぎゅっと左手を握りしめた。天蓬テンポウさんからこぼれる殺気に、捲簾ケンレンさん達も目を落としコップの中を見るしかない。八方ふさがりの状況に、重い沈黙が天幕の中に流れる。

 

 「……あの……」


 四人の視線がいっせいに私に向く。


「『左右の目の色が違う子どもの心臓を食べれば不老不死になれる』と私の父に言ったのは、目をつぶっているか、開いているのかわからないくらい細い目をした狐目の妖術士だったわ。その人は、灰色の長い髪をゆるく結んでいて、父の後ろに立っていても頭一つ背が高かった。名前は確か……『イチ』。神の怒りで滅んだ国の名前を名乗るなんて不届きだってその時思っていたから、覚えている。金炉さん達のお師匠様を幽閉したのは、その人?」


「狐目? 俺は知らんぞ」と天蓬テンポウさん。

「『イチ』! そいつっす!! 確かに、影みたいにひょろっとしてた、してたっす! そーいや、主が王宮を出てからよく羅刹王子にくっついて王宮内をウロウロしていたかも」と金炉キンロさん。

「こーんな感じの目をしてた」と銀炉ギンロさんが自分の目の両端を引っ張った。


「その妖術士なら、最近は朝議にも出ていて、宰相たちともよく話してましたね。いつもニコニコ笑っているけれど、何を考えているのか読めない人でした」

「怪しいな。ならば、そいつに聞くとしよう」

「でも、どうやって?」

「今、正面切って王宮に乗り込んでも、賊は我らだ。宰相たちは羅刹ラセツを王にしたがっていたからな。ばれないように王宮にはいり、その狐目の妖術士に会いたいものだ」

「先日使った、透明になる妖術具を使うのはいかがでしょう?」

「ありだな。しかし、あれは半刻しか持たないらしいぞ。王宮で、狐目の妖術士を探している時間はないな」


 あーでもない。こーでもないと四人で相談している。


 私の日常を壊した妖術士。怖いかと聞かれれば怖いし、憎いかと聞かれれば憎い。でも、今は、天蓬テンポウさん達のために行動したい。

 

 ―― 剣術も妖術もからっきしできないけど、何かできないかな。


 簡単に、いい案が思い浮かぶわけもなく、西洋菩提樹リンデン香水茅レモングラスのブレンドティーを飲む。西洋菩提樹リンデンって、花も葉も使える薬草なのよね。夏になったら花を摘み、花冠を作りたいな。


 ―― ん? そういえば……。


「あのー。もうすぐ春祭りの時期です。の国では、春祭りと言えば、野原で花を摘み花冠をつくり、川に入り魚をつり五穀豊穣祈願の宴会をするのが習わし。私がいた村でも、誰でも宴会に参加できました。呉の国では、どのようなことをするのでしょうか」


 天蓬テンポウさん達が会話をやめて、私の方を見た。捲簾ケンレンさんは、私の真意を探るように見てくる。金炉さんと銀炉さんにいたってはあきれ顔だ。


「花祭り? ああ、呉の国も同じだ。しかし、川で釣るのは、虹えびという大きなえびだ。……! そうだ!! あったぞ」


 天蓬テンポウさんが金色の目を大きくした。


「虹えびの料理大会ですね! あれならば、王と側近が試食して優勝者を決める」と捲簾ケンレンさんが、ポンと手をたたいた。


「しかし、あれ出るには、審査があったはずだが……」

「あれっすか? あれ、王宮勤めの役人があちこち食べ歩いて、報告したものっすよ。だから、この時期、多くの料理人が王宮近くの道端で屋台を開いてるっす」

「虹えびの甘辛炒めが旨かった……」

「じゃあ、私が王宮近くの道端で屋台を開いて料理を作れば、声がかかるのかもしれないのね? その虹えびの料理大会っていつあるの?」

「うーん。五日後?」

「じゃあ、明日には王宮近くの道端で屋台を開かなきゃね!!」




 

 こっとり こっとり

 こっとり こっとり


 ハナさんにひかれて荷車は川の上を滑っていく。もちろん、天蓬さん達も荷台の中で仮眠中だ。

 ハナさんに都に行きたいと言ったら、西の村の東側を流れる大きな川を歩き始めた。ハナさんは空だけではなく、川の上も歩けるとは知らなかった。


 ―― おそるべし。ハナさん。


 こっとり こっとり

 こっとり こっとり


 時々、重いのか、ハナさんが『モーゥ』と鳴く。そのたびにパシャリと魚が跳ねる。さらさら流れる水音。さっき飲んだ薬草茶の香り。荷台の中はすっかり静かになった。


 

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