第六膳『初めてのハンバーグ』(閑話)天蓬視点

「しかし、驚いたな」

「「驚いた」」


 俺は隣を走っている金炉キンロ銀炉ギンロに声をかけた。


「あの三つ目牛、空を歩けるとはな」


 水蓮の不安そうな顔を思い出し、「教えてくれればよかったのに」という非難めいた声をあげそうになる。だが、水蓮も知らなかったに違いない。


 ―― 三つ目牛め。


「ありゃ、牛というより魔獣じゃね?」

「食ったらどんな味がするんだろう」

 

 木の陰から、ヒュンヒュンと風を切る音がして、矢が飛んできた。金炉キンロが短く呪文を唱えると、矢はボっと音をたてて燃える。


「銀は、食う気なのか?」

「だって、牛だぜ? 牛の肉は肉の中でも最高級じゃないか! 柔らかくて、甘くて、脂がじゅわっとしていて……、夕飯のちらし寿司も、チョーうまかった。オレ、また食いたい」

「オレも」


 今度は火がついた矢が飛んできた。銀炉ギンロが短く呪文を唱えると、一瞬で矢が凍りつき地面にボトリと落ちる。


あるじ! 上!」

「おお!!」

 

 俺は右手に持っていた剣を振り上げて、木の上から飛び降りてきたものの剣をはらう。


「全部で何人だ?」


「弓が5、剣が10」と俺の隣で両手を広げ呪文を唱えた銀炉ギンロが答えた。


「ずいぶん、軽く見られたものだ。で、こいつらはだれの差し金だ?」


 振り下ろされた相手の剣をかるく流す。俺は、自分の剣の向きをかけて相手を突いた。鈍い音をたてて、相手が崩れ落ちる。


羅刹ラセツ隊の服を着ているけど、羅刹ラセツ隊のやつらじゃない」

「なぜわかる?」

羅刹ラセツ隊のやつらって、羅刹ラセツ人形をぶら下げてる」

「ああ、あの呪い人形みたいなやつか」


 残念な弟は、自分の部下にはと書かれた怪しい人形をつけさせている。確かに倒れている奴にはそれがない。


「それに……。変な妖気を感じる」

「こいつら、全然痛がらないっすよ」


 持っていた杖で相手の肩を攻撃していた金炉キンロが叫んだ。


「操られてんじゃね?」

「そりゃ、やっかいじゃん。一気にまとめて殺っちまうか?」


 金炉キンロ銀炉ギンロは、水蓮の前ではおとなしくしていたが、本当は妖力も戦闘能力も高い危ない妖術士なのだ。


「操られているのなら殺すのはなしだ。骨を折るくらいにしろ」

「えー。めんどー」

あるじに刃を向けた時点で殺していいじゃね?」

「命令だ。もし俺の言うことを聞かなかったら、水蓮が作る飯はなしだ!」

「「それだけは勘弁を~」」


 二人の声がそろう。


 ―― こいつらも水蓮の作る飯に胃袋を捕まれたな。


 確かに、ちらし寿司は、見た目は女が喜びそうなものだった。乳草レタスに盛られた飯などど、俺は馬じゃないと思ったが、その考えが間違いだったとガツンと思い知らされた。野菜や飯と合わせることで、肉だけの時と違って食感も味も奥深くなっていた。


 思い出すだけで、肉の甘い汁が口の中によみがえってくるようだ。


 水蓮が作る料理はどれもこれも俺の心と胃袋をつかんで離さない。茸の蒸煮肉シチューでさえ人間に戻れたら食いたいと思ってしまったのだから。

 

「さっさとやっつけて、水蓮達に追いつくぞ。三つ目牛が空を歩いていくのなら、明け方には西の村に着くだろう。明日の昼までには合流しないと夕飯はまた雑炊になるぞ」

「「了解!! ちゃっちゃと終わらせます!!」」


 金炉キンロ銀炉ギンロ俄然がぜんやる気になったので、あっという間に追手全員のうめき声しか聞こえなくなった。


 俺たちはそこから山を走り続け、昼前にはちゃんと西の村に着くことができた。


 これで、水蓮のうまい飯が食えると思ったら、水蓮の爆弾発言で俺は固まってしまった。


「今度会ったら、私のために私が食べたいものを作ってくれるって約束したよね? だからね、私、ハンバーグを作ってもらおうと思って、材料を用意して待っていたんだ」

「ハンバーグ?」

「粗いみじん切りのお肉に、脂、食塩、胡椒で味付けし、玉葱、大蒜のみじん切りと卵を混ぜて焼いたもの、うんとね、タタールステーキとか大きな肉団子っていえば通じる?」


 とても嬉しそうな顔をして水蓮が、俺に言う。


「料理って、食べるばかりじゃなくて、誰かのために作るのも楽しいものよ。私、天蓬テンポウさんのために作るのすごく楽しいもの!」


 ―― 俺のために料理を作るのが楽しい?


「そ、そうか」


 少しばかりくすぐったい気持ちになる。


「そうだな。たまには俺が作るのもいいな。とびきりうまいハンバーグとやらを作ってやる。覚悟しとけよ」

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