第六膳『初めてのハンバーグ』(お題)


****

 私は、ふと、目を覚ました。


 いつもの癖で、モスグリーン色の二人掛けのソファでまるくなってうたたねしていたみたい。小さく伸びをして目をあけると、足元の先の方にある本棚が目に入る。そこには、料理の本がぎっしりと並んでいた。

 

 料理本って、ついつい手元においときたくなっちゃうのよね。だって、写真を見て、材料を見て、作り方を見て、どんな料理が出来上がるんだろう? どんな味がするんだろう? なんて想像するのって楽しいもの。


 そう思って起き上がろうとすると、私が枕にしていたソファのひじ掛けの向こう側に人がうずくまっていることに気がついた。


「あ、起きたか」


 心地よくて低い男の人の声はよく知っている人の声。私の心がふんわりと温かくなる。


 ―― 大好き。

 

 私が頭を動かそうとすると、こつんと頭と頭がぶつかる。仕方なく、私は丸井蛍光灯がある天井を見ながら声をかけた。


「何してるの?」

「ああ。料理の本を見ていた」

「なにか食べたいものはあった?」

「ああ。これかな」


 そういって、開いていたページを持ち上げて私の方に見せた。私は視線をずらして本のページを見る。それは、私が初めて買った一冊で、今も一番のお気に入り本。


「ハンバーグじゃん! これは作ったことあるわ。すごくおいしかったよ」


 そう。この本のレシピはいろいろと作ってみた。どれも写真通りに作れて、すごく優しい味がしたのを覚えている。わたしが料理の楽しさを知ったのは、まさにこの本からだった。その人が本棚からこの本を選んで、ページをめくって見ていただなんて、なんだかすごく嬉しい。


 そこでひらめいた。


「このハンバーグ、作ってほしいなぁ」

「えっ?」


 あれ? 珍しく、声がワントーンあがった? もしかしてびっくりした?


「料理って、食べるばかりじゃなくて、誰かのために作るのも楽しいものよ。私、貴方のために作るのすごく楽しいもの。それにね、この本は基本のきだし、この通りに作ればちゃんと美味しくできるから、問題ないと思うの」

「そうだな。たまには俺が作るのもいいな。よし、お前はもう少し寝てろ。とびきりうまいハンバーグを作ってやる。覚悟しとけよ」


 そう言うと、その人は本を持って立ち上がった。私は大好きなその人の顔をよく見ようと起き上がろうとしたんだけど、…………、ガタリと世界がゆれて、私はソファから転げ落ちて…………。




*****


「いったぁぁぁぁぁぁ」


 自分の声にびっくりして飛び起きた。


 ―― あれ? ここは……。


「水蓮殿、どうしました? さすがに今の揺れは起こしてしまいましたか」


 捲簾ケンレンさんが心配そうに声をかけてきた。ハナさんが『モーゥ!』と鳴いている。


「あ…………」


 私は恥ずかしくて真っ赤になる。夢を見ていたんだ。あれは前世で自分が住んでいた家で、……。夢の中で転がり落ちて声をあげるなんて恥ずかしすぎ。


 ―― 一緒にいた男の人は誰だったんだろう? あのころは、料理のことばかりで彼氏もいなかったんだけどな。大好きだなんて思った人なんていなかったのに。


 夢が覚めても、大好きという思いが心の中に残っていて、気持ちがほんわかしている。


「ハンバーグかぁ……。そういえば、食べていないなぁ……」

「水蓮殿、何かいいましたか?」


 荷台の前方に座っている捲簾ケンレンさんが、私の方を振り返らずに声をかけてきた。


「ううん。独り言よ。独り言。ごめん、寝ちゃっていたみたい」

「問題ありません。もうすぐ西の村です。先ほど、伝書鳥が飛んできました。あるじ達も明日のお昼には到着するそうです」

「けがとかは?」

「大丈夫です。三人とも西の村に着いたらどんな美味しい料理が食べられるか、とても楽しみにしているそうですよ」

「そう。それなら、よかったぁ」


 ―― 天蓬さん達のために何を作ろうかな。


 そう思ったけれど、はたと思い出す。


 ―― そういえば、今度は天蓬さんに料理を作ってもらう約束をしてたっけ。


「よし! 夢のお告げを信じて、ハンバーグをおねだりしよう! 肉だし、いいよね??」


 そう考えると、私のおなかもぐぅっとなった。


 




 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る