食事のあとは、えええ? 空の上?

 パチパチ パチッ


 焚火の火が爆ぜる。暗い森の中に爆ぜた火の粉が消えていく。

私は温かい生姜入りのミルクティーのはいったコップに口をつけた。そして、天蓬さん達の話に耳を傾けながら、自分の中のどうしてを持て余している。



どうして、人は、自分にないものを持っている人をうらんで、ねたんでしまうんだろう。自分にないものを手に入れたいと思うのだろう。

どうして、人は、誰かと食事をして、些細なことで笑いあって、「おはよう」とか「おやすみ」とか言いあう当たり前の日常を大切にしないんだろう。


どうしてという疑問が自分の中でぐるぐるとまわる。


お父様がそうだ。ある時ふらりとやってきた怪しい狐目の妖術士の話を鵜吞みにした。左右の目の色が違う子どもの心臓を食べれば不老不死になれるとそそのかされた。私やお母様との日常を捨ててまで、どうして私の心臓を食べたいと思ったのだろう。あんなにも愛していたお母様を殺して、どうして……。

天蓬テンポウさんの弟の羅刹ラセツさんもそうだ。父である王を殺して王になるなんて、どうしてそんなに王になりたかったのだろう。



「しかし、わからん。なぜだ。俺が知っている羅刹は、確かに虚栄心が強く、王になりたがっていた。だが、父上を殺してまで王位を簒奪しようなどとは考えないはずだ」


「見栄っ張りの小心坊ちゃんだからな」と捲簾ケンレンさんが頷く。


金炉キンロ銀炉ギンロ、お前たちはどう思う?」


 枝の先に餅をつけて焼いていた金炉キンロさんと銀炉ギンロさんが、顔を上げて天蓬さんの方を見る。


「お師匠様は、羅刹ラセツを注意した罪で、空白のに幽閉されている」

「なに?」

羅刹ラセツお抱えの狐目の妖術士がお師匠様を拘束した」


 ―― 狐目の妖術士?? 


「あの」と私が口を開いたと同時に、天蓬テンポウさんが「しっ」と口に手を当てた。見ると、捲簾ケンレンさんは剣を抜き、金炉キンロさん、銀炉ギンロさんは、餅のついた枝を投げて杖を持ち戦闘態勢だ。ぴりぴりっと殺気が支配する。天蓬テンポウさんが、足で焚火に砂をかけて、一気に火を消した。あたりが真っ暗になり、天蓬さんの金色の目だけがぎろりと浮かび上がる。


捲簾ケンレンの女装も、演技もダメだったようだな。追手だ。捲簾ケンレンは水蓮をつれて西の村へ、金炉キンロ銀炉ギンロは俺と一緒に来い。敵の正体を突き止める」

「はっ」

「「了解。主」」


 捲簾ケンレンさんが剣をしまい、「失礼します。水蓮殿」と私を抱きかかえた。あまりのことで、私は、混乱する。

 

「で、でも……」

「すまない。西の村で待っていてくれ」


 天蓬テンポウさんが、剣を握りしめなおすと、くるりと踵を返して森の中に入っていこうとする。


「待って!!」


 私は慌てて天蓬テンポウさんに声をかける。私の泣きそうな声に、天蓬テンポウさんが戻ってきて、そっと私の頭に触れた。温かくてモフモフしていて大きな手。


 そして、天蓬テンポウさんが、「大丈夫。俺は強い」と私の目を見てゆっくりと言葉を紡いだ。


「でも……、でも……、じゃあ、天蓬テンポウさん、約束して! 今度会ったら、私のために私が食べたいものを作ってくれるって!」

「ああ。約束しよう!」


 牙のあたりの頬を緩めて、笑いかけ、そして、私の頬をそっとなぜると、森の中へ走っていった。


「さ、水蓮殿も急いで荷台へ」


 私を抱きかかえた捲簾ケンレンさんが荷台に近づくと、ハナさんが額の目をひらいて『モーゥ!』と鳴き、バンと後ろ足で地面を蹴った。ハナさんから青白い光がもわっと溢れている。

 

 捲簾ケンレンさんは、私を荷台におろすと、自分も荷台に乗り込んだ。


「三つ目牛のハナさん! よろしくお願いします!!」

『モーゥ』


 ハナさんはぶるっと震えると、顔を空に向けた。そして、ゆっくりと歩き出した。


「???」


 ―― なに? なにが起こったの? なに、このふんわりとした浮遊感?


 ハナさんの足が地面から離れてていく。私と捲簾ケンレンさんをのせた荷台もゆっくり、ゆっくりと空に浮かび上がる。


「ハナさんって、空を歩けるの?」

『モーゥ』

「三つ目牛だから、なにか妖術を使えると思っていましたが、空に浮かべるとは!」

『モーゥ』


自慢げにハナさんが鳴く。ゆっくりゆっくり、でも確実に空に登っていく。

お師匠様が「ハナはすごいんだ」と言っていた理由がやっとわかった。


 ―― ハナさんは、空を歩けたんだ……。


空に浮かぶ細長くて白い月。下をみれば、森や村が小さく見える。


 ―― 天蓬テンポウさん、どうか無事でいて。







こっとり こっとり

こっとり こっとり


 ハナさんが右、左、と足を動かして揺れるたび、荷台がゆっくりと揺れる。それままるで、ゆりかごのように優しい。


こっとり こっとり

こっとり こっとり


 聞こえるはずのない、荷台の音を感じながら私はいつの間にか眠りについていた……。

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