第五膳『おでかけとちらし寿司』(お題)
パチパチ
焚火の火が爆ぜる。暗い森の中に爆ぜた火の粉が消えていく。
―― 森の外で眠るというのは、お父様から逃げた時以来かも。
あの時は逃げるのに必死で、やみくもに走って、気がついたら、お師匠様に抱きかかえられていた。だから、森は怖いと思っていたけれど、今は違う。右には
「……、そういえば、さっき、水蓮は花畑をみて、チガシと言ったな」
宝石をちりばめたような星空を見あげて、
―― 聞こえていないと思ったのに。
「なにを言いたかったのだ? ……やっぱり、俺についてくるのは嫌だったのか……」
「ちがうわ。ちらし寿司って言ったの。むかし読んだ本の中に出てきた食べ物。色とりどりの具材がご飯の上に乗っているの。あのお花畑、赤や黄色やいろんな色の花がちりばめられたような花畑だったでしょ。おなかもすいていたし、なんとなく思い出しただけだわ」
―― 本当は、前世で大好きだったおばあちゃんが作ってくれた花の押しずしを思い出したんだけどね。
「なんだ。食い物か。そうか」
そう言うと、天蓬さんはポリポリと耳の後ろを掻いて目をつぶった。
◇◇
「おい、押すなよ」
「お前こそ押すなよ」
私のそばで小声で言い争う声がして、目が覚めた。
「なあ、あの妖術具知ってるか?
「お前こそ、知っているか? あいつは
目を開けると、
どうしようかと思っていると、
「寝れたか? あちこち痛くないか?」
「あっ。おはよう。天蓬さん」
―― 寝起きに『おはよう』のあいさつをするのは、ずいぶんと久しぶりだわ。
胸の奥がじんわりと温かくなる。天蓬さんも「おはよう」ともごもご言いながら、桶を私の前に置いた。
「顔と手と足をこの水で洗うといい」
「わざわざ汲んできてくれたの? ありがとう」
「ああ。構わぬ。朝飯にも水はいるからな」
「そうね。でも、嬉しいわ」
「そ、そうか……。それはよかった。おい!!
「「はい!
天蓬さんが
私は顔と手と足を洗い、ささっと髪を梳きなおして束ねる。
そして、ちょこっとだけ唇に紅をさしてから、みんながいるところに行った。火にかけられた鍋から湯気があがっている。鍋をのぞき込むと、干した鳥肉とご飯がぐつぐつと煮えている。
「わあ……おいしそう」
「そうか?」と天蓬さんが金色の目を細めながら、耳の後ろをぽりっと掻いた。
「水蓮殿は、料理が上手だとお聞きしました。わたしはそれを楽しみにしておりましたのに、主の命で今朝は見た目も地味な粥になってしまいました」
今朝もばっちり女装を決めた
「うるさい」と言いながら、天蓬さんが顎をくいっと上げる。それを合図に
「ありがとう。私、朝ごはんを作ってもらったのって、本当に久しぶりなの。だから、すごくうれしい」
私は嬉しい気持ちでいっぱいになったことを説明する。
「そうか。喜んでもらえて何より」
それぞれがお椀を持つと、
食べ終わると、
「
「なんでもいいです。いつも主に自慢ばかりされていたので……」
「じゃあ、
「夕ご飯に何が食べたい?」と人に聞くのも久しぶりかもしれない。胸の奥がむず痒い。
「……ちらし寿司」
「?」
「ちらし寿司!」
それが天蓬さんのリクエストだった。
―― うーん。そもそもちらし寿司っていろいろ種類があり過ぎるし、天蓬さんの言うちらし寿司って何なんだろう。そもそも、この世界、お寿司なんて概念あったかしら。まあ、ともかく見た目重視かなぁ。
と、そんなわたしの胸中を知るはずもなく、天蓬さんの隣では、
―― そういえば、ちらし寿司を作るなんて何年ぶりだろう? そもそも具材は何を入れてたんだっけ?
どうしていいかさっぱりわからない。私が困っていると、
「この先に、大きな街があります。そこでなら、食材を手配することができますから、
「あの……、
「わたしたちは留守番です」
「
「……まとったものを見えなくする『怒られずにちょっとの間だけなんでもし放題妖具』っていうフード付きの上着があるわ。それをかぶっていってもだめ?」
「それなら、俺も一緒に行ける!」
*****
『怒られずにちょっとの間だけなんでもし放題妖具』って、透明マントですが、時間制限があります。
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