食事のあとは、えええ? 荷台の上??


こっとり こっとり

こっとり こっとり


 牛車が揺れる。荷台をひいているのは、額のところにもう一つ目がある三つ目牛のハナさん(名付け親私)。お師匠様が「ハナはいざというときはすごいんだぞ!」と言っていたけど、何がすごいのか私は知らない。私にとっては、乳牛であり輓獣ばんじゅうであり、友達。だから、森に置いていくなんてことはできない。


こっとり こっとり

こっとり こっとり


天蓬テンポウさん、お茶でも飲まない?」


 ハナさんの隣を歩いている天蓬さんに声をかける。


「ああ。そうしよう」


 天蓬さんが荷台に乗り込んで私の隣に座ると、ハナさんが『モーゥ!』と鳴いた。


 ―― 重かったのかな?


 私は乾燥させた檸檬レモンやら蜜柑ミカンやら薄荷ミントなどの薬草と水を一緒に入れておいた竹筒を天蓬さんに渡した。


「果物の香りが鼻にぬける。いいお茶だ」

「ありがと」


 しばらく、ハナさんの背中を見ながら、お茶をちびちびと飲んでいた天蓬さんがつぶやいた。


「……、眼鏡をかけたのだな……」

「眼鏡? ああ、これね。これは目の色をごまかせるようお師匠様が作ってくれた妖術具よ。目の色が左右違うと目立つじゃない?」


 そういって、私は自分の目の色がわかるように天蓬さんの顔をのぞき込んだ。天蓬さんは目を大きくして一瞬たじろいだけれど、「ふむ」というと、竹筒を置いて私の髪に触れた。


「髪も茶色くなっている」

「ふふ。すごいでしょ? 村へ行くときは変装のために髪を染めているの。染粉があるのよ」

「そうか……」


 そういうと、天蓬さんはまたちびちびとお茶を飲み始めた。


こっとり こっとり

こっとり こっとり


 不意に、ハナさんが止まって、『モーゥ!』と鳴いた。そして、いつもは閉じているハナさんの額の目がぎろりと開く。


「どうしたの? ハナさん!」


 ハナさんに声をかけると、ハナさんは機嫌悪そうに尻尾をフリフリしている。


「問題ない。頭上で旋回している鳥は俺の鳥だ」

「俺の鳥?」

「森の外との連絡用の鳥だ。ハナにそう説明してくれないか。害はないから攻撃しないでもらいたいと」

「ハナさん。天蓬さんの鳥だって」

『モーゥ!』


 ハナさんは、私の説明に納得したのか、額の目を閉じて、近くの草を食べ始めた。それと同時に、灰色の鳥がキュルルーチチチ、キュルルーチチチと言いながら、空からこちらにむかってきた。大きさはムクドリぐらい。灰色で目立たないその鳥は天蓬さんの肩に止まった。天蓬さんは足に括り付けられている筒を外して、中にある紙を読んでいる。


 ―― そうか。お師匠様の妖術は、森全体にかけられているけど、空にはかけられていないし、動物には効果がない。それなら、外部とも連絡がとれるというわけね。


 そして、天蓬テンポウさんは返事を書いて筒の中にいれると、鳥はキュルルーチチチと言って飛び上がっていった。


捲簾ケンレンが村の入り口で待っている」




「スイちゃん、お久しぶり。待っていたわぁ」


 村の入り口に立っていた背の高くて、細身で、グラマラスで、赤髪を後ろで緩く編んでいるとても奇麗な女性に声をかけられた。


 ―― こんな知り合い、いたっけ?


 私は心当たりがなくて、首をひねる。頭からフードマントをすっぽりとかぶっている天蓬さんは素知らぬ顔でハナさんの横に立って、ハナさんに餌を渡している。

 ハナさんは、餌をもしゃもしゃ食べながら、尻尾をぱたりぱたりとして虫を追い払っている。


「あの……、どちらさま?」

「やだぁぁ。久しぶりだから忘れちゃったのぉ? わたしよ。わたし! スイちゃんのお母さんのいとこのいとこのそのまたいとこの火蓮カレンよぉ。これから、スイちゃんがサンの国に薬草茶を売りに行くって聞いたから、悪い人に騙されないようについていくようにっておばばさまに言われてきたのにぃ。……、あら、牛の横に突っ立っているのは護衛? でも、なの? やだーじゃん!! あ、こっちを睨んだ。が睨んだわ。おおこわ」


 火蓮と名乗る女性は大げさに体を震わせて、大きな声で話している。村の畑で作業している人たちが物珍しそうにこっちを見た。


 ―― ことを荒立てるのも、なんだなぁ……。わたしも目立ちたくないし。


 それに、天蓬さんは黙ったままだし、状況がわからない私は眉をひそめて女性をにらみつけるしかなかった。


なんてどうかと思うわ。!! 臭くない??」


 火蓮カレンと名乗る女性は、天蓬さんを見て、何度も狸と言っている。


 ―― まるで、村の人に天蓬さんは狸だと思わせるようだわ。かなり無理と思うんだけどな。ハナさんの隣にいて、フードを深くかぶっているから、ごまかせなくもない?


 火蓮カレンの言動を不思議に思いながら、私は口を開いた。


「そんなことはないわ。はとても優秀な護衛よ」

「そうなの? でもねー。ま、いいわ。じゃ、わたしも乗せてよ」


 そういうと、火蓮カレンは、ずかずかと荷台に乗ってきた。そして、私の隣に座ると、私をぎゅっと抱きしめて、小さな声で囁いた。


「すまぬ」


 それはさっきとは違ってとても低い声だった。


「え? あなたは天」と言いかけたところで、赤い爪の指で唇をふさがれた。


サンの国って、どんなところかしらねぇ。楽しみだわ。いい男、いるかしら。でも、は遠慮するわ。だし!」





 

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