第四膳『餃子と共同作業』(お題)

「すまない。どうしても水蓮に一緒に来てほしかったから、水蓮がサンの国から逃げてきたことを知っているという切り札を使った。そうでも言わないと、ついてきてくれないだろう?」


 あの後、天蓬テンポウさんが耳の後ろを掻きながら弁明した。


 ―― でも、そんなのってズルくない?


 言ってしまった天蓬テンポウさんも後味が悪かったのか、それっきり、何も言わずに、自分の天幕に戻ってしまった。私はというと、すごく怒っていた。


 ―― こんなのってフェアじゃない!! 俺様貴族のやり方じゃん!!

 

 少しでもイライラを静めようと、薄荷ミント香水茅レモングラスのブレンドティーをもう一杯入れる。

 さっきと同じお茶だというのに、なんとなく薄くて味気ない気がする。それでも、すっきりとした香りは怒っている私の気持ちを静めてくれた。


 ―― 冷静に考えてみよう。


 正直、天蓬テンポウさんが現れてから、私の毎日が変わった。毎日が楽しかった。天蓬テンポウさんと一緒にご飯をたべて、おしゃべりをして、楽しかった。ご飯って、こんなにもおいしいんだって思い出させてくれた。だから、天蓬テンポウさんがいなくなったら、さみしくて泣いちゃうだろうなとも思っていた。


 そして気がついた。料理人としても人間としても前世の私は失敗した理由に。

 

 さっき、茸の匂いがダメだと言いながら、天蓬テンポウさんは食べてくれた。「せっかく水蓮が作ってくれたというのに、ゆっくりと味わうことができなかったことが残念だ」とも言ってくれた。


 ―― 天蓬テンポウさんはちゃんと、思いやりがある人だ。


 それにひきかえ、前世の私はなんて自分勝手だったんだろう。


 ―― 自分がおいしいと思ったものを人に食べさせたい。

 ―― 自分が作った料理でおいしいかったと感動させたい。


 そうなことを大声で宣言しながら、調理学校に通った。斬新なアプローチで人を感動させる技術もあるという自信もあった。でも、全然、評価されなくて、学校では先生を恨み、勤め先のホテルではコック長やお客を恨み、そして世の中を恨んだんだ。でも、今なら、評価されない理由がわかる。


 ―― 私は独りよがりな押しつけがましい気持ちで料理に向き合っていたんだと。

 ―― 見えない相手に対する思いやりが欠けていたんだと。


 ふうっとため息をついて、私は薄荷ミント香水茅レモングラスのブレンドティーを口に含む。もやもやっとした気持ちもすうっと溶けて晴れていく。


 思いやりのある天蓬テンポウさんが私に脅迫まがいな申し出をしたのは、きっと切羽詰まっていたに違いない。お父様も殺されたと、信頼する友に容疑がかかっていると。それに、たぶんだけど、天蓬テンポウさんは弟さんを疑い始めている。


 天蓬テンポウさんが元気になるのなら天蓬テンポウさんの好きな料理をたくさん作ってあげよう。たくさん話そう。何が好きとか嫌いとか。どうとしたいとか、したくないとか、なんでもいい。たくさん話したい。だって、天蓬テンポウさんのことを知りたいし、私のことも知ってほしいもの。


 「よし! こんな時は餃子パーティーを開こう!!」


 今日はやり直しの料理を作ろうとメニューを決めた。決めたら、天蓬テンポウさんに話をしなきゃ。

 扉をあけて外にでてみたら、長い細い雨は止んでいた。代わりに、空が高く、鳥の声が聞こえてくる。私は、天蓬テンポウさんの天幕の前まで歩いて行って声をかけた。


天蓬テンポウさん、いる?」

「どうした?」


 金色の目をパシパシしながら、天蓬テンポウさんが出てきた。


「今日は、餃子を作ろうと思うの! だから、天蓬テンポウさんにお手伝いをお願いしたいなぁっと思ってきたの。どう? 一緒に作らない?」

「俺は、料理はできないぞ」

天蓬テンポウさんはたくさん食べるでしょ? だから、たくさん作ろうと思っているから、餃子の具を皮に包むのを手伝ってほしいの」

「しかし、俺の卑怯な物言いに、水蓮は怒っているのではないか?」

「まあね。でも、仲直りしたいなぁって思ってきたの。一緒におしゃべりしながら、餃子を作ろうと思ったの。何が好きとか嫌いとか、なんでもいいから、天蓬テンポウさんとおしゃべりしたいの。それに、さっきの蒸煮肉シチューみたいに我慢して食べる天蓬テンポウさんを見るのはつらいわ。餃子はね、いろんなアレンジができるのよ。餡はもちろん、タレだっていろいろ。今日は二人で究極の餃子をつくろうよ!」


 私の早口な言い訳にに圧倒されたのか、天蓬テンポウさんはきょとんとしながら「おお」と答えてくれた。








―― 自分が好きだからと言って、相手が好きとは限らない。


今は、恋の話とかではなく、人間関係の話みたいな大それた話ではなくて、食べ物の話だけどね。


 



****

 お題が跡形もなくなってしまいました。

 

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