食事のあとは薄荷&香水茅茶

 話があると言ったのに、天蓬テンポウさんは黙って、コップの中を見ている。


 今日は、すっきりとした後味と清涼感が残る薄荷ミント香水茅レモングラスをブレンドしたお茶を用意した。すうっとした香りが湯気と一緒にたちのぼる。春にしか飲めない、フレッシュティー。緑色の水色(お茶の色)が見た目にも心を癒してくれるはず。


 ―― 話ってなんだろう。


 とくんと心臓がはねて、不安がよぎる。気づかれないように、私は自分の腕を服の上から押さえた。天蓬テンポウさんが「ふぅー」と大きすぎるため息をつく。


 ―― よっぽど、話しづらいことなのかしら。


 茸の匂いがダメだったからとはいえ、帰ってきたときも元気がなかった。随分と雨に濡れていたようだし。これ以上、関わったら別れるときにつらいから、見ないふり知らないふりを通そうと思っていた。


 でも、私が作った料理を苦手でも食べきる天蓬テンポウさんのことが気になる。もし、元気になるようだったら、お手伝いしてあげたいとまで思ってしまう自分がいて、ちょっと驚く。


「……さっきの妖術具だが、あれは誰が名づけた?」

「もちろん、お師匠様よ」

「それはの国の妖術士、美猴ビコウか?」

「もちろん」

「そうか。……、俺は、美猴ビコウは疑り深くて底意地が悪い。妖術士の屋敷に行こうとしても森の中を彷徨うだけだと聞いていた」

「そんなことないわ」


「俺には腹違いの弟がいるのだが……」というと、天蓬テンポウさんは言葉を切り、ブレンドティーを一気に飲み干した。


 ――  はい? 話が飛びすぎて見えない。


「うまいな。さっぱりしていて、気持ちがしゃきっとする」

「ミントとレモングラスを混ぜて作ったのよ。春になったから、生の葉で作ったの。それで?」

「ああ。そいつが、この呪いは、伝説のの国の妖術士、美猴ビコウしか解けないと父上の前で言ったのだ」


 お師匠様はサンの国の悪霊となった大蛙を退治したとか、の国の病に倒れた姫を救ったとか、スーパーな伝説の持ち主だけど、法外な金銭を要求することでも有名。それに、能力の高さから、ほかの妖術士から妬みもいっぱいかっていて、悪く言われるのも仕方ないっちゃ仕方ないかも。

 本当は、がさつで料理下手でコミュ障なおじいさんなんだけどね。

 でも、お師匠様は三年前に、『行かなくてはならない』と言って出かけたきり、帰ってきていない。その時、どこへとか、何をしにいくのか、とか聞かなかった私も悪いんだけどね。


「…………ところで、天蓬テンポウさんにかけられた呪いって何なの?」

「そうだ。まだ言っていなかったな。俺はの国の第一王子だ」

「へ? だって、の国には、……」


 ―― 獣人はいないんじゃなかったかなぁ。もし、どこかから来たとしても鎖につながれ、自由なんてない存在。


「三年前、呪いをうけて猪の体になった。それでも、父上は、俺に『獣の姿をしていてもお前は第一王子であり、呉の国の次期王だ』と言ってくれた。しかしな、弟の周りの者にとっては俺を蹴落とす格好の材料だろ? 俺を追放して、弟を第一王子にするよう言い出した。まあ、よくある権力抗争が起こって、……、俺は、美猴ビコウを探す旅に出ることにした。ここへ来た一度目は偶然だったが、今回は準備万端にして確信をもってやってきた。ここの暮らしは飯はうまいし、なにより水蓮といて楽しい。このまま、のんびり暮らしながら待つのも悪くないと思っていた」

「でも、さっき、天蓬テンポウさん、状況が変わったって言ったわ。何があったの?」


 天蓬テンポウさんからぎりっと奥歯を噛む音が聞こえてきた。


「昨晩遅く、父上が殺され、捲簾ケンレンが追われている」

「お父様が殺された?」

「ああ。捲簾ケンレンに容疑がかかっている」

捲簾ケンレン?」

「俺の悪友にして、一番信頼のおける奴だ。あいつが、父上を殺すはずがない。真相を知るためにも、俺は呉の国に戻る。そこでだ。水蓮、頼みがある。一緒に呉の国に来てくれないだろうか?」

「私が? 無理だわ」

「なぜだ?」

「行く理由がないわ」

「今、俺には味方が少ない。飯だって毒が入る可能性がある。せめて、飯くらいは何も疑わずにうまいものを腹いっぱい食いたい、幸せな気持ちになりたいと思うのは俺のわがままだろうか?」


 天蓬テンポウさんの金色の目がまっすぐと私を見ている。その目に耐えながら、私は首をふった。


「無理よ」

「問題ない。サンの国から逃げた姫君だとしても、俺が隠し通して見せる」


 どくんどくんと心臓がはねる。


「な、なんで、それを?」


 今までで一番すっとんきょうな声をあげる。


「黒い髪、右目と左目の色が違う目、そして、水蓮という名前。調べがいがあったぞ」


 見なくたってわかる。天蓬テンポウさんの牙のあたりが持ち上がっていること。


 ―― いい人だと思っていたのにー!!! 助けなきゃよかった!!!


「だからな、俺と一緒に呉の国へ行こう! これは決定だ」

「そんなぁ――――」


 私の悲痛な声が家中に響き渡った。






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