第三膳『シチューと苦手料理』(回答)

椎茸しいたけ榎茸えのきだけ王茸しめじ平茸ひらたけ木耳きくらげ銀耳しろきくらげ……。いろんな食感。それぞれのうま味。茸好きにはたまらない蒸煮肉シチュー。森の中に住んでいるからこそ、食べられる春の味覚!! 


 ―― うん。おいしい。


 たっぷりの茸のうまみが混ざり合い、牛乳と溶け合い、複雑なハーモニーをつくる。炒めてさらにパワーアップした茸の香りが口の中に広がって鼻からぬける。ふふっと思わず笑みがこぼれた。


―― このぷりっとした食感。これは、王茸しめじ

―― こっちの白くて花びらは銀耳しろきくらげ。くせがないのもいいところ。


 私は、スプーンの中にある茸をひとつひとつかみしめる。


『みんなちがって、みんないい』


 遠い昔この世界に生まれる前に覚えた詩は、このあとなんだったっけ、そんなことを思いながら天蓬テンポウさんを見る。

 天蓬テンポウさんは、のろのろとスプーンを持ち上げると、スープだけを口に含んだ。それからあっという間に蒸煮肉シチューだけを食べてしまうと、ゆっくりとパンを食べ始めた。愛想笑いのように、牙のあたりのほほを少し持ち上げている。


 ―― 今日は、パンの咀嚼回数がやけに多いんじゃない? 


 それに、コップから水を飲むのがかなりゆっくりだ。鼻のあたりにコップをあてて、息をしているようにも見える。


 ―― こんなにおいしいのだもの。一口食べれば、きっと、美味しい、美味しいと言って食べてくれると思ったんだけどな。


 なんとなく楽しくなくて私の頬がぷうっと膨れていく。反対に、天蓬テンポウさんはふうっと長く息を吐いている。


 ―― なんかへんなの。


 いつもと違う天蓬テンポウさんの食べ方の違和感の理由を探そうと、考えて、はたと思いついた。


 ―― 天蓬テンポウさんの食べ方って、嫌いなものを食べている罰ゲームみたい。え? 嫌いなもの??

 

 美味しいものを作れば天蓬テンポウさんが喜んで食べてくれるというのは、私の独りよがりな気持ちだったと今ごろ気づいて、泣きそうになる。私もスプーンを置いて、両手で口を覆った。

 それを見て、天蓬テンポウさんがポリポリと耳の後ろを掻き始めた。


「茸は小さなころ苦手だったんだ。まあ、それは克服したが……」


 ―― えっ、茸? 克服した? じゃ、なんで?


「この体になって、嗅覚が強くなったせいか、今朝、この家から漂ってきた硫黄と脂が混ざった匂いは、正直こたえた……」


 ―― 匂い!! 匂いなの?!


「ごめんなさい! そんなこととは知らなくて!!」


 私は、慌てて立ち上がると、窓という窓を開けた。そして、『雨もへっちゃら乾かしてみせ妖具』を最大能力で動かした。(もちろん冷風で! 扇風機使用!)部屋の中に湿った冷たい空気が入ってきて、空気が変わっていくのがわかる。


 天蓬テンポウさんは、牙をもぞもぞっと動かして、金色の目を細めた。


「そんなに窓を全部開けなくても問題ない。もう、匂いのもとの蒸煮肉シチューはないのだから。……白い蒸煮はシチュー母上直伝だと言っていたな。……せっかく水蓮が作ってくれたというのに、ゆっくりと味わうことができなかったことが残念だ」

「わ、私の方こそごめんなさい!! 茸の匂いがダメだなんて、知らなくて!! 食わず嫌いは人生を損するなんて言っちゃって!」


 あわてて平謝りに謝る。私の気持ちだけを押し売りして、料理を作ったのがいけなかった。おいしいというのは私の感覚で、天蓬テンポウさんがおいしいと思うかどうかはまた別の話だ。一人きりで暮らしてきたから、人のことを思いやる心を忘れていたんだ。


 ―― なのに天蓬テンポウさんたら……。


天蓬テンポウさんは、ゆっくりと首を振った。


「知らないのは、俺が話さなかったからだ。まあ、俺も、茸の匂いがダメだということは、俺自身、今日まで知らなかった。そうなると、説明のしようがないな」


天蓬テンポウさんが肩を揺らして笑う。茶目っ気たっぷりに片目までつぶって。


天蓬テンポウさん! じゃあ、今すぐ作り直すわ。たぶん、一番匂いの強い椎茸しいたけをやめて、他の茸をお酒で炒めたら大丈夫だと思うの!」


お酒で炒めるか、煮れば、茸の臭みも半減する。ちょっともったいないけど、水洗いするっていうのも手かな。

あれこれ考えていると、天蓬テンポウさんが首をふった。


「今からわざわざ作り直すことはない。それよりも、今日は大事な話がある。水蓮は何も聞かず、俺も居心地が良すぎて、お互い楽しければいいとなあなあで暮らしてきた。しかし、状況が変わった。とりあえず、おすすめのお茶をいれてくれないか?」


 


 

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