第三膳『シチューと苦手料理』(お題)

まだ、日が昇らない明け方、私は、ふるふるっと震えて目を覚ました。


シトシトシト、シトシトシト……。


 窓を開けて外を見る。昨日の夜から降り始めた森の雨は細い糸のように降り続いていたらしい。土も草も木もたっぷりと水を含んで、濡れそぼっている。やっと春を迎えて温かくなってきたのに、ひんやりとした空気が部屋の中にはいってくる。


―― これじゃあ、外の天幕で寝ている天蓬テンポウさんは寒かっただろうな。そうだ。今日は、ホワイトシチューを作ろう。


 私は、雨除けを羽織ると外に出た。天蓬テンポウさんの天幕の近くを通る。


―― あれ? いないな。散歩かな? 


 時々、天蓬テンポウさんはふらりと出かけていく。どこへ行くのか、知りたいけど知りたくない。天蓬テンポウさんは、私にとって、お師匠様が帰ってきたら消えてしまう夢みたいなもの。ただ、ご飯を一緒に食べて、おしゃべりして……、そんな楽しい時間だけで十分。いろいろ問い詰めて、気まずくなるのはごめんだわ。私は小さく首をふると森の中を歩きだした。


 春の森は食材が豊富。とりわけ、きのこは季節と雨に敏感。この雨もきのこにとっては恵みの雨。温かくなってきたことを知ったきのこが、にょきにょきっと顔を出している。食べるものだけ、かごに入れながら、きょろきょろとまわりを見渡す。一瞬、森の奥の方に大きな影が見えた。


 ―― 天蓬テンポウさん?


 伸ばしかけた手を引っ込めて、あわてて背を向けて走り出す。途中、パキリっと枝を踏んだけど、そんなことを気にしている余裕はなかった……。



◇◇


 ホワイトシチュー。この世界では、白い蒸煮肉シチューといい、私が生まれたサンの国でも一般的な家庭料理だ。入れる具材はその時手に入ったものでよくて、こだわりはない。


 焼いた鶏肉の上に、玉葱たまねぎきのこを加えて炒める。いい匂いがする。そこに小麦粉を入れてさらに炒める。そして、水とお手製のコンソメを入れて、くつくつと煮る。牛乳はあまり煮立たせると風味が落ちたり、分離するから要注意だ。肉荳ナツメグをふりかけると、部屋中に温かい湯気とスパイスの香りがひろがっていく。


 パタンと音がして扉の方を見ると、びしょ濡れの天蓬テンポウさんが立っていた。体にまとわりつく水滴のせいか、ひとまわり小さく見える。いつもと違う雰囲気に、余計なことを言ってはいけないような気がして思わず早口になる。


「外、雨降っていたの? 寒かったでしょ。今ね、白い蒸煮肉シチューがちょうど出来上がったところなの。食べない?」

「ああ……」


 天蓬テンポウさんが口を動かすと水滴がパラパラと飛び散る。


「そうだわ。いいものがあるの。お師匠様の妖術道具の一つで、『雨もへっちゃら乾かしてみせ妖具』!」


 昔、雨の日に、ドライヤーがあればすぐ乾くのになーという私のぼやきを聞いてお師匠様が作った妖術具を持ってきた。よっぽど寒かったのか、天蓬テンポウさんの動きは鈍い。私は、『雨もへっちゃら乾かしてみせ妖具』を持ち、天蓬テンポウさんに向けて「まとわりつく水を奪え!」と唱える。ぼおっと熱い風が天蓬テンポウさんをとりまき、毛や服についた水滴を乾かしていく。


「さあ、これでよし! さ、食べましょ!」


 天蓬テンポウさんがのろのろと席に着いた。けど、白い蒸煮肉シチューを前にしても笑顔にならない。おなかもならない。それに、その両手を膝の上に乗ったままじっとしている。


 ―― なに? この微妙な空気。


 これまで一緒にご飯を食べてきて、天蓬テンポウさんの好みも把握していたつもりだった。特に今日は寒かったから、体の温まるものをと考えて用意した。


 ―― 何がダメなの?


 私は、ホワイトシチューを見る。形も色も違う数種類の茸と鶏肉。咖喱カリーと違って、見た目は問題ないはず。


 ――ということは……牛乳が苦手?


 私にだって苦手な食べ物はある。だから苦手なものを食べたくない気持ちもわからないわけではない。でも、味覚は変化していくもの。昔は苦手だったものでも、好物に変わることだってある。


 ―― 食べてほしいな。せっかく作ったんだし。


「ふふ。実はね、これは、母直伝白い蒸煮肉シチューなの!! 今しか食べられないきのこいりよ」

「……」


 天蓬テンポウさんは、視線を右手に移して、右手をじっと見ている。


「もしかして、牛乳苦手? 鶏肉と茸がたくさん入っているから、それほど気にならないと思うんだけど……」

「……ああ」

「それとも、白いのがダメだった?」

「いや……、そういうわけでは……」

「まぁ苦手なものなんて誰にだってあるわ。無理する必要はないけど、ちょっとだけでも口にしてみたら? 食わず嫌いは人生を損するわよ?」


 私はまず、自分がスプーンをお皿に入れて、シチューをすくって口に入れる。


「おいしい……」と言った私の言葉を聞いて、天蓬テンポウさんはようやくスプーン先をシチューにひたした。



+++++++

*大幅改稿、関川さん、キレないでね。お・ね・が・い♡

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