第二膳『カレーの冷めない距離』(回答)

 自分のおなの虫に負けた天蓬テンポウさんは、しばらくの間うずくまってふるふると震えていた。その様子が外見から想像もできないくらい可愛らしくて、思わず笑いそうになったけれど、ぐっと我慢して、薄焼餅チャパティを作るための準備を始める。

 

 ―― そりゃ、あんな爆音鳴らしたらね……(笑)。


 突然、気持ちを切り替えたのか、天蓬テンポウさんがすくっと立ち上がった。


「ならば、俺が鳥をさばこう!!」


 ふんふーと天蓬テンポウさんは鼻息を吐いて、高らかに宣言した。そして、袋の中から種類も大きさも違う山鳥(ちゃんと血抜きされてあった)を十羽取り出すと、あっという間に十羽ともさばいてしまった。


「さすが!」

「なんの。このくらい。ところで、水蓮スイレン殿、その咖喱カリーとやらには鳥のどの部位を使うのだ?」

「水蓮でいいわよ。今日はちょっと豪華に足の部分を使おうかな」


 私は天蓬テンポウさんがさばいた鳥の中から脂も身もたっぷり含んでいる足を三本選んだ。それを見て、「やはりな……」と天蓬テンポウさんが訳知り顔でつぶやいた。


「何が、やはりなの?」と、私は天蓬テンポウさんに聞いた。もちろん、鳥の足の皮の部分に包丁を入れて、焼きながらだけど。


「鳥の足を三本使うということは、その料理を食べるのは三人なのだな。つまり、俺と水蓮スイレン以外にもう一人食事をする人間がいるということだ」


 天蓬テンポウさんは、腕を組みながらどこかの探偵のように推理を始めた。


 ―― この前も、もう一人の住人に悪いとかなんとか言って帰っていったけど、何を気にしているんだろう。


 私は、鳥の足をひっくり返して、もう片面焼き始めながら、ため息をついた。 


「残念だけど、その推理は間違っているわ。今この家には私しか住んでいないもの」

「なぬ?」


 天蓬テンポウさんの驚きの声をかき消すかのようにジュウーという鳥の焼ける音が響いた。肉の焼けるなんともいえないいい匂いが立ち上る。私は、鳥の足を菜箸でつつきながら焼き加減を見る。


 ――  あ、肉、焼けたかな。


「三本中二本は天蓬テンポウさんの分。ほら、こんな風にお鍋には三本しか入らないから、とりあえず二本が天蓬テンポウさんの分で、一本が私の分」

「あぁ?」


 天蓬テンポウさんの目が驚いたように大きくなる。鼻がピクピクしているのは、鳥の焼ける匂いのせいか、照れくささか。


「そうなのか?」

「そうよ」

「そうだったのか……」


 耳の後ろをポリポリと搔いている天蓬テンポウさんを横目に、私は、お肉の入っているお鍋に、咖喱の素グレイビーを入れた。茶色くなるまで炒めた玉葱たまねぎの甘い香りと、馬芹クミン宇金ターメリック胡荽コリアンダー桂皮シナモン、唐辛子、花薄荷オレガノ……、咖喱の素グレイビーに混ぜた香辛料の香りが部屋中を駆け巡る。鶏肉の焼けるにおいと絡み合って何とも言えない香りになる。


 グゥグゥグゥ グゥー


 天蓬テンポウさんのおなかも爆音を鳴らしている。顔は毛でおおわれているから顔色は読めないけど、絶対真っ赤になっている。だって、牙をもごもご動かしながら、やたらと耳の後ろをかいているもの。


 水をいれるとジュウという音ともに一気に湯気があがった。そこへ、細かく刻んだ西紅柿トマトをいれ、乾酪チーズ牛酪バターを豪快にどばっといれる。私の動作一つ一つに天蓬テンポウさんの視線が釘付けだ。


 ―― そんな見つめられたら、恥ずかしいじゃない!


 自分の耳が熱くなるのを隠すようにわざと命令口調で話し出した。


「もう少し煮たら出来上がりだから、天蓬テンポウさんはとりあえず、座ってて!」

「お、おお!!」


 天蓬テンポウさんがそそくさと椅子に座ったのは言うまでもない。

 


◇◇


「はい。水蓮特製、骨付き山鳥咖喱カリーでーす。どうぞ、召し上がれ」


 机の上には、ご飯と山鳥の足を一本ずつのせたお皿が二つ。そして、咖喱カリーのはいった鍋を、私と天蓬テンポウさんの間に置いた。天蓬テンポウさんはお皿と鍋を交互に見比べている。


咖喱カリーはご飯にかけて食べるのよ。かける量はお好みで構わないわ。もし、辛みが足りない場合は、辛みの素の粉があるから、それをふりかけてね」

「あ……ああ」


 私はそういうと、咖喱カリーをご飯の山の端っこに少しかけた。私はご飯の山のいっぺんにたっぷりかけるよりも端っこにかけて混ぜながら食べるのが好きだ。咖喱カリーを混ぜたご飯を口に運ぶ。口の中でふわっと香辛料スパイスの香りが広がる。


「ああ、美味しい」

 

 自然と笑みがこぼれる。脂がのった山鳥の足を使ったから、いつも以上にコクが出ているような気がする。山鳥の骨に沿ってナイフをいれて、肉を切り取る。それを一口サイズにカットして咖喱カリーをまとわりつかせる。


 ぱくり。


 ―― うーん! さいこー!! 


 咖喱カリーがまとわりついたこの肉をかみしめれば、口の中で脂とうまみがいっぺんに広がる。


 ―― 山鳥の足はちょっと食べにくいけど、使って大正解だったわ。


 天蓬テンポウさんというと、私の真似をして、おそるおそる咖喱カリーを少しとると、ご飯の山の端っこにかけた。でも、それ以上進まない。スプーンでご飯と咖喱カリーを混ぜるばかりだ。おなかは相変わらず大きな音を立てているけどね。

 

「確かにね。ぐぢゃっとした見た目と色が最初は気になるよね。失敗じゃないわよ? 玉葱を飴色を通り越して黒っぽくなるまで炒めたからどうしてもそんな見た目になっちゃうのよ。宇金ターメリックの黄色のせいでますます怪しくなっているしね。でも、玉葱は炒めたら炒めただけコクと甘みがでるの。だまされたと思って食べてみて。絶対おいしいから!」

「う……うむ」


 目をつぶっておそるおそるスプーンを口に運ぶ姿を私はじっと見つめる。ほら、口に運んだ途端、口角が上がった。


「う、うまい!! 鼻から入ってきた香りにこってりとした脂が絡み合って、なんという味わいだ。飯粒と混ぜて口に入れることで、飯粒に咖喱カリーがまとわりついて……、これはやみつきになる!」


 天蓬テンポウさんは、一口食べたら、止まらなくなった。音もたてずに食べ進め、あっという間にお皿の上には山鳥の骨だけが残った。


「すまぬ。うますぎて、水蓮の食べる速度に合わせられず、一人で食べてしまった」

「そんなこと気にしないで。それより、おかわりする?」

「しかし、まだ、水蓮は食べている最中ではないか」

「私は気にしないけど……。それより、咖喱カリーってね、ご飯の代わりに薄焼餅チャパティにつけてもおいしいの。薄焼餅チャパティも用意してもいい? 私も食べたいなって思っていたところなの。味変ならぬ主食変してみたくない?」

薄焼餅チャパティか。それはそれでうまそうだ」

「でしょー。今用意するね」


 やっぱり、山鳥の足、天蓬テンポウさんのために二本用意しておいてよかった。わたしはいそいそと調理場に立って、薄焼餅チャパティを焼き、とりおいておいた山鳥の足をお皿にのせたのだった。



 用意した咖喱カリーもご飯も薄焼餅チャパティも全部食べてしまったことは言うまでもない。


 

 

 

 

 




 

 

 

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