「翠炎城」より 4 ※若干の残酷描写あり

 力を込めている風にはみえないのだけれど、青年が「火鼠」と呼んだ御仕着せ男はひどく苦しげに口をぱくぱくさせ、四肢を突っ張らせている。

「ちゃんと答えろ。嘘だったら、地の底まで追いかけて、団子にしてつるしてやる。」

 それはどういう…想像力が追いつかない。ただ分かるのは、青年が所謂尋問に躊躇いがないということだ。

 ガイツの現役時代は、旅商の護衛が多く、たまに砦などで盗賊団討伐があった。大きな戦役がなかったに期間にすっぽりと重なったからだろう。

 現役のまま、大戦に突入していたら、と考えたことがないわけではなかった。二つ名で呼ばれ、隊長でもあった。傭兵として半生を過ごした身だ。もしかしたら、もっと、名を馳せていたかも知れない----できる、かも知れない。やがては、慣れもしただろう。だが、妻にはさせたくないな、と見たことのない義息の横顔に、身勝手を思い、改めて自分が傭兵であった時期の稀有さを思った。

「はッ、てッ、…なんで、ッ」

「疑問はいらない。どこに、何人、渡らせた?」

 青年が押さえているのは首だけだ。それ以外にはまったく触れていない。

 さらりとしているが、実は怪力なのか。いや、そも首を絞められて呼吸が苦しいのなら、腕を上げて、足をばたつかせて、あがらうものだ。なのに、火鼠の両腕は下がったまま、足も棒のよう突っ張るばかり。ただ痙攣を繰り返している。

 何が起きているのか----様子をしばし観察して、ガイツはある変化に気付いた。

 両の手がまるまるしすぎてはいないか?

さきに、自分に鈴を突き付けた時は、やせぎすの体に見合った、節だったふつうの指だった(はず)が、いまはサービスの効いた腸詰ソーセージのようだ。

 足に目を移してみると、こちらも同様のようで、ただ革のブーツ下だから、さらに苦しそうに震えている。

 火鼠の四肢の先端----両手と両足を----義息が膨らませているということだろうか?

----?

「このッ、ば…け…ぉ…のッ、」

「お互い様だろ、界魔?《ばけもの》」

 淡々としている。

「いや、傷を直した上、いっぱい喰わせて、夢のような目に合わせてやってるのを、罵るとは良い度胸だ。俺の慈悲深さを崇めるべきだな?」

 腕も脚も、もうパツパツで、布が裂けていく音が止まらない。

「よ、よにんッ、」

「それに貴様は含まれているのか?」

 顎が痙攣する。肯定らしい。

「箇所。」

 喋るタイミングでは、緩ませているらしい。溺れる者が息を継ぐような様だが、言葉を止めると、水責めのイメージなら、すぐ頭を掴まれて水中に沈められるような具合で、されるようだった。

「----お前が大公を狩る位置か。」

 告げられた城の場所から、僅かに何を思い浮かべるような顔をして、青年はそう断じた。

「北東門だけは潰しておきたい、が。ここここに至っては焼石に水か。」

ガイツには青年の判断の根拠がまったくわからない。城の全体図など、知らないものだ。

「ここに顔を出さねば行けたかも知れんが。運の尽きだ。」

 親指と人差し指で、頤部を抑えているだけだが、火鼠の震えはとまらない。

「さいごに、」

 ひっくり返りそうな眼球を見据え、言を継ぐ。

「もう川は渡れるのか?」

 苦しいというより、何やら恍惚感を映し出して、火鼠はこくこくと頷いた。

「結構、」

 にっこりと青年は笑った。それは、女に見せた方がいいんじゃないか、と父心で思う。

 火鼠はさらに膨らんでいく。四肢に留まらず、胴体部分も現れたときの倍では利かない厚みになって、着衣はボロ布に近づいている。ただ、何故か顔には変化がない。

「見つける凪原の輩がお前だと分かるよう、顔はそのままにしてやるよ?」

 ずっと感じていたが、台詞が悪役である。火鼠はもはや瞳に焦点なく、ひきつけのように、身体を波立たせる。

 音はしなかったが、音が感じられるくらいに、その身体は跳ね上がり、さらに膨らみ、そして、漸く気絶できたようだった。

「…、俺には、よく似た兄はいないからな!」

 吐き捨てた詞は、ここに旅の仲間がいれば、納得と爆笑を返したろうが、いまいるのは、床に崩れてもビクビクと不規則な痙攣を続けている身体を(因みに、服はもう千切れきっている)、何とも微妙な顔で見下ろしているガイツである。

「まあ、なんだな、特殊なプレイなあとみたいだからな?」

 寝台から掛布を取ってきてかけたガイツの言を、青年はもの凄く嫌そうに聞いて、ため息で締めた。

 

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