第4話 ガッコウ

 太陽も沈み真っ暗な校舎の渡り廊下に夏とは思えないような冷たい風が肌を撫でる。

「寒いな」

「そうだね」

 今の時間は午後の9時過ぎ。マサと俺は高校の寮を抜け出し師範の道場へ向かっている。本来であれば寮制の高校は9時以降からの出入り禁止の所が多いかもしれない。普通の高校ならば。しかし、そういう点も桜井東高は一風変わっているのかもしれない。この高校にはチャンピオンシップのための訓練施設というのが少なからず存在する。しかしそれの所有権限があるのは一握りのトップランカーだけだ。その他の生徒は高校の外に道場を持っていたり、もしくは持っていなかったりするため所有権を有するトップランカーの弟子、又は手下として道場入りすることが多い。そういった生徒には道場で寝泊まりすることに限り、門限の撤廃が許可されているのだ。そうすればそこで稽古を夜一杯することができるし、さらに上のトップランカーの下につけば技を盗んだり共に模擬試合を申し込むことだってできるという訳だ。つまり俺たちは今、師範の道場に入る許可が出たことで深夜の稽古が可能になったという訳である。

「それにしても寮から遠いったらありゃしねぇ」

「街灯も増やすべきだねー」

トップランカー達の道場は校舎と寮を挟んだ場所に集中している。それに対し師範の道場は校舎の裏の奥にあるため、誰も近寄らず夜に出歩くなどもってのほかの場所なので街灯などの光は1つもない。

「おっ、やっとか」

校舎の裏手の角を出たその先に道場はある。

「あれ、ついてる?」

「へっ?」

マサが暗闇の先に何かを見つけた。それは師範の道場だったのだが光がついている。昼間は電気なんて付けてなかったのに?

 2人は道場の入り口に近付いて扉の隙間から中を覗いてみる。


フッ! ハッッ! 


「「(師範だっ!)」」

マサと目を合わせ、もう一度中を覗いてみる。真っ暗な道場は、高い天井の真ん中にある丸型の蛍光灯で照らされている。その下で師範は1人で稽古をしているようだった。しかし、師範が手に握っているのは棍棒ではなかった。ましてや金棒でもない。あれは、、、

「(ガントレットっ!?!)」

師範が俺の扱うガントレットを装着し一心不乱に腕を振るい続けている。

「すげぇ」

思わず声に出てしまった。その体捌きはボクシングとも違うステップで、一発一発の重みが俺のとは比にならないレベルの差だ。その証拠にパンチを一発繰り出すたびに、そこにある空気は風切り音とも言える音を奏で、ガントレットは師範のパンチに耐えられず軋んでいる音がする。

 数分間ぐらい師範の稽古をマサと見てると、師範は手を止めガントレットを外した。そして次の瞬間、それをこちらへぶん投げた。2つとも。

ガンッ「痛てっ!」

ゴンッ「あだっ!」

2人は飛んできたガントレットを頭にくらい後ろに転がっていく。すると障子の扉がシャッと開き師範が出てきた。

「こそこそしてないで上がってこい、覗き見の分の代償はでけぇぞ、今夜は寝れねぇと思え」

ガントレットが当たった場所をさすりながら俺とマサは顔を見合わせ、ニッっと笑った。


   ※


 ボロい道場の天井の隙間から日光が差し込んでくる。

 ………眩しい朝だ。漫画や小説でいうところの「いい朝」ってやつだな。どうやら夜が明けてしまったみたいで、道場の床に直で寝ていたらしい。俺の横にはうつむせになって寝ているマサがいる。本当に昨日は熾烈な夜だった。師範と稽古をするのはいいが、何時間も休憩をパスし続けていた。師範はその間疲れたそぶりを全く見せず棍棒で、そしてガントレットで、さらには木刀を完璧に使ってみせた。その完成度といったら恐らく俺を100人足しても到底届かないレベルに達している。

「強い」

元No.5だから強いのは当然だが、ここまで歯が立たないとは舐めていた。必ずどこかで隙が生まれ、ぶっ飛ばしてやると思っていたが現実は甘くないのかもしれない。この落第予定者という崖がどれほど高いものなのか自覚せざるを得なかった。


   ※


「今日はさぼらず授業に出ろよっ」

師範は奥の部屋から出てくるや否やそんなことを言った。

「嫌っすよ、授業内容とか雑学ならともかく実践授業まで俺には為にならないっすもん」 

どの授業も、どの先生もガントレットを使った内容を教えられない。過去にもそういうやつはいなかったらしいし、それならばと自分から身を引いていた。きっとその方が先生達も楽なはずだ。

「いや行け、必ずだ。お前に足りねぇもん聞いてこい!少しは国志田を見習えっ」

師範は俺に指を刺していった。マサは俺よりも早く校舎の方へ行ってしまったし、授業を受けなきゃならない理由も分からない。

「(足りないものか〜)」

よしっ!

俺は意志をガチっと固め言った。


「行きませんっ!!」


    ※


「ったく何も殴らなくたって良いよな〜」

 現在、校舎の廊下を歩いている。

 師範に物申したことで、俺の腹に強烈なパンチが飛んできた。

「まだ痛てぇな」

殴られた腹をさすりながら自分の教室は向かう。すると廊下の向こうから誰かが走ってくる。

「お前、寺井じゃないか。お前が屋上以外にいるなんて珍しいこともあるもんだ。」

この特徴的な坊主頭に紺色メガネは西垣先生、俺の担任だ。ガントレットのことを1番よく考えてくれた先生で、この学校に来る前はボクシング部のコーチもやっていたらしい。

「あー今日はたまたまですよ、今日は実践授業だけでの日ですし」

「そうだな、お前はガントレットってことで周りからは浮いとるが頑張れよ」

そうそう、変な励まし方されるよりは浮いてるってバシッと言ってくれた方がまだ楽だ。そういう面でも教師人生の長い(といっても32歳)西垣先生が1番話しやすいと思う。

「ありがとうございます。では、」

「おう、後でな」

その場を後にして、俺の教室「1年B 1組」について扉を開ける。


ガラッ


すると自分に一斉に視線が集まるのが分かった。早くから中にいたクラスメイト達は、珍獣を見ているかなのような目で俺を見ていた。1学期のほとんどを屋上で過ごし、入学式に少し喋った奴もいるが友達と呼べる人は皆無、いるはずもなかった。

「(居心地わるぅ〜)」

1番後ろまで追いやられていた自分の席に筆箱だけ入った鞄を置いて座った。視線は今も集まっていて、少しザワザワしている気がする。


キーン コーン カーン コーン


そこでチャイムが鳴り、扉が開いて西垣先生が入ってきた。西垣先生は教卓に立つと俺の方に視線をやり少し微笑んだようだった。


「15分後に実践授業です。皆んな自分の戦闘スーツに着替えて体育館に来るように」


朝の挨拶を終えて西垣先生が教室へ出て行くと、それに合わせてクラスメイト達も次々に用意しているようだった。俺もやらなければ。


「(よし、頑張ろ)」


正直そんなこと微塵も思ってないが、鼓舞しなければ体動かなかったので入学式に貰って以来初めて腕を通す戦闘スーツに身を包み、体育館へ向かうことにした。


第4話.終

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