第10話 豪華食堂車の晩餐
「セドラークには仕事で?」
普段よりも高く、か細い声でナージが問う。これが地なのか、普段の声が地なのか峻一朗はいつも疑問に感じる。
「はい。ライゼガング商会としてはセドラーク王国にも支社を創設したばかりで。この好景気の折、あまねく諸国にその利益を分配することがドイツの戦争責任を贖う手段として考えておりまして」
メインディッシュの羊肉のシャリアピン風ステーキに手を伸ばしながら、アルトゥールはそう答える。
商売人の言はなかなかに強かだな。
そんなことを峻一朗はこころの中でつぶやく。
セドラーク語はほぼドイツ語と同じで、少し固有名詞の呼び方が違う程度である。意思疎通には問題がない。最も言葉の深淵の部分となれば、お互いに探りを入れている状態である。
「フリューガー頭取はどのような商品を取り扱われているのかな」
峻一朗の言葉に、そっとステーキにナイフを入れながらアルトゥールは答える。
「我々は戦後復興に関わる商品を扱ってきましたので。紡績機や発電機など」
「さらには工作機械もですかな」
峻一朗はカマをかける。アルトゥールは顔色も変えずにうなずく。
「そうですね。そういったものも少なからず扱っております」
灰色の回答。ムラーゼクを窓口にアルトゥールのライゼガング商会を経由して大量の『オルガン』がヴァイマール共和国にもたらされた事実は疑いようもない。
問題はその意図である。
「しかし――失礼ですが東洋人のように思われる。あなたがなぜセドラーク王国のよんどころない方の――」
そう言いながらアルトゥールはナージの方をひと目見て、続ける。
「案内をされているのですか?いや、プライベートに属することなら結構。それはそれで羨ましいことですが」
「残念ながら、職務です。私は在セドラーク王国日本大使館の二等公使でして。色々、外交的なことで妃殿下――にお願いしたいことがありまして、ベルリンまで同行いただいている次第です」
身分を偽る峻一朗。それに対して、ほお、とアルトゥールは息をもらす。
「それであれば、ぜひお暇なときにまた食事でもご一緒できれば。もちろんお二方ともに。この料理もよろしいが、首都ベルリンのレストランはより種類に富んでおります。ご希望とあらばセドラーク料理をつくらせることも――」
いかにもな外交辞令が後に続き、最後はアルトゥールのおごりでこの列車の運賃並みのビンテージワインが開けられディナーは終わりを告げた。
「クロですね」
コンパートメントへの帰り道、普段の声でナージがそうつぶやく。
「ああ、あとはなんのためにあの『オルガン』を輸入していたかだ。単なる工業製品を作るのなら、そこまで高性能な工作機械は必要ないだろうな。今、ヴァイマール共和国が欲していて、一ミリの誤差も許さないような部品を必要としている製品といえば――」
そこまで言って、峻一朗は身構える。ナージはドレスの下の拳銃をすでに引き抜いていた――
コンパートメントの扉に異常を感じた二人であった――
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