横浜

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 日が暮れたら、横浜で夜景を見よう。みなとみらいは桜木町、中華街は石川町、観光スポットと駅名が違っているけど、東京暮らしならそんなこと言われなくてもわかるよな。山下公園はカップルだらけで、一人だとちょっと辛い。


 最後の晩餐は、横浜中華街だ。車と違って、電車の旅はアルコールが飲めるのが最高だ。


 どうだ? ただの貧乏旅行だとバカにしていた君も気が変わっただろう。自由に旅をして、好きな所で降りられる。それが『青春18きっぷ』の魅力だ。普段、行かないところや素通りするところにも、すてきな場所はたくさんある。たまにはこんな旅もいいんじゃないかな。


17:35 江ノ島

 |江ノ島電鉄 (青春18きっぷ効力外)

17:57 鎌倉

18:06 鎌倉

 |JR湘南新宿ライン

18:32 横浜

18:37 横浜

 |JR京浜東北線

18:44 石川町

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 山下公園から見る夜の横浜港の桟橋に、ライトアップされた大きな客船が停まっている。コロナも落ち着いて、クルーズ船のツアーも再開したようだ。暗くて見えないが、きっと公園内には、二人で互いを暖めるように寄り添っている恋人たちもいるに違いない。


 短い間だが、ずっと地方を旅してきたらか、都会の夜景がひときわ美しく感じる。今回の旅で、今まで見たことのない自然の美しさに出会うことができた。だが、やはり私にとっては都会が故郷なのだと改めて思う。都会の景色はただ美しいだけでなく、安心するのだ。自分の居場所に戻ってきた、その安心感が私の心を落ち着かせる。


 だけど、”あいつ”は戻ってこない。もう二度と。


 バカだ。”あいつ”は本当にバカだ。


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 では、最後に。


 君に『青春18きっぷ』を贈ります。今度一緒に旅行しませんか。上にも書いたけど、山下公園とか中華街とか、ちょっと一人だと侘しいからさ。

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 いくら、幼馴染とはいえ、付き合ってもいないのに泊りの旅に誘う奴があるか。『青春18きっぷ』は複数人で使っても構わないのだから、最初は日帰りの旅に誘えばよかっただろう。それをいきなり、三泊四日の旅に誘うなんて非常識極まりない。


 だから、


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 もちろん嫌なら、一人で使ってくれてかまわない。君と一緒に旅に出られたら最高だけど、『青春18きっぷ』の魅力を理解してもらえるだけでもありがたい。


 お返事待ってます。

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 私の返事は、私が最後に”あいつ”に言った言葉は、”バカじゃないか”だった。


 バカだ。バカだ。バカだ。”あいつ”は本当にバカだ。


 まただ。また、私は泣いている。横浜の夜景が涙で揺れる。


 なんで、死んだ。なんで、一人で死んだ。


 バカだ。本当にバカだ。


「バカやろー!」

 私は海に向かって叫んだ。今まで出したことのない大声で叫んだ。心の底から叫んだ。”あいつ”に聞こえるように。


「バカやろー!」

 もう一度叫んだ。だが、当たり前だが返事は帰ってこない。


「バカやろー」

 バカは私だ。もっとちゃんと”あいつ”と向き合えばよかった。もっとちゃんと”あいつ”と向き合わなければ、いけなかった。


 ”あいつ”が私のために作ってくれた旅程。私が好きな景色、私にとって必要な景色に出会うために、”あいつ”が私のことを考えて作ってくれた旅だ。今なら、そのことがよくわかる。


 そして、私が自由になるための旅。


 だから、私は”あいつ”のためにできるただ一つのことをした。”あいつ”の贈ってくれた『青春18きっぷ』で、”あいつ”が私のために作ってくれた旅程で旅をした。


「ありがとう」

 旅行中、ずっと持ち歩いていた”あいつ”の書いた手紙を広げ、”あいつ”の代わりに手紙に向かって言った。


「本当にありがとう」

 もっと早く、この言葉を”あいつ”にむかって言うべきだった。”あいつ”に私の言葉が届くうちに。

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