甲府

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 身延線の終着駅は甲府だ。今度は時間がたっぷりあるから、武田神社をお参りしたり、名物のほうとうを召し上がれ。ワインが好きならワイナリー見学もできるが、予約が必要だ。


13:46 身延

 |JR身延線

15:16 甲府

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 予定よりもずっと早く、11時55分に甲府に到着した。2時間20分ほど電車に乗っていたことになる。甲府駅に着いても雨足は弱まらず、天気は悪いままだ。


 時間があるのでワイナリー見学をしようかとワイナリーに電話をしたが、残念ながら当日の予約は全て埋まっていた。今日は、とことんツキのない日だ。


 到着がちょうど昼食時間帯なので、甲府名物のほうとうを食べることにする。駅の近くにある有名店に行くと、ビル一階にある古民家風の店の前に行列ができていた。傘を差して、スーツケースを引いている人もいる。入り口で名前を書いて、雨の中を店の前で待っていると、20分ほどで店内へと案内された。


 階段を上って二階に上がり靴を脱いで畳敷きの部屋に上がると、大きなテーブルを一人で独占する形となった。メニューにはほうとう以外にも天ぷら定食や天重などの一般的な料理もたくさん載っていたが、せっかくなので甲府名物のかぼちゃのほうとうを頼んだ。


 15分ほど待っただろうか。店員さんが大きな鍋を持ってきて、お待たせしましたの声とともに私の前に置いた。


 お、大きい。大きなみそ仕立ての鍋の中に、カボチャとほうとうがたっぷりと入っている。うどんとすいとんの間のような、平べったい太打ちめんだ。山菜やネギなどの薬味類もほうとうにかぶさるよう、たくさん載っている。


 私はほうとうを鍋からお椀にとると、ふうふうと息を吐いて冷ましながら口に運んだ。味噌の濃いめの味で熱々のすいとんが、雨の中で冷え切った体にやさしく染み渡る。柔らかく煮えたカボチャも甘くしっとりとして、胃をずっしりと満たす。


 純朴な田舎料理だ。都会の洗練さはないが、寒い冬の山間部にとても良く似合うシンプルで飽きの来ない味。。夏に食べたら食傷気味だが、肌寒さが残る春先、特に今日のように雨で気温が上がらない日にはぴったりの料理だ。


 でも、一つだけ欠点が。食べても食べても減らない!


 いくら食べても鍋の底からほうとうが出てくる。この感覚は、”あいつ”に以前連れていかれたラーメン二郎に似ている。これはもしや一人分でなく、何人かでシェアして食べる料理なのではと疑問に思い店内を見回すと、しかし私の意に反し、店内の客は皆一人ずつ鍋を囲んでいる。


 私は出されたものは、残すのはもったいないので基本食べる主義なのだが、さすがにこれは食べきれなかった。残して口に合わなかったと思われると嫌だったので、申し訳ないけれど食べきれなかったと店員に言うと、うちは量が多いんですよと笑顔で返された。


 たっぷりの食事でお腹が満たされたので、バスで武田神社へと向かった。


 甲府のバスは浜松と違いSuicaに対応していた。武田神社行きのバスに乗り、雨に濡れる甲府の街を眺めながらバスに揺られていると、10分ほどで神社に到着した。


 晴れていれば、帰りは甲府の街を散策しながら戻ってもよいが、この雨では帰りもバスを使う必要がある。帰りのバスが出る停車場の場所と時間を確認して、お堀に架かっている神橋を渡り境内へと進む。神橋の入り口は両脇に満開の桜が植えられており、まるで桜の門柱のようだ。


 武田神社は、信虎・信玄・勝頼の三代が住んでいた躑躅ヶ崎館つつじがさきやかた跡に鎮座しており、甲府城跡に作られた舞鶴城公園といい、甲府という街が武田信玄の時代から続いている甲府盆地の中心地であることがよくわかる。


 橋を渡ると石の階段から続く参道があり、鳥居をくぐると拝殿だ。雨のためか観光客は疎らだが、信玄公の命日の4月12日に執り行われる例祭は、武田24将に扮した騎馬武者にお供された神輿を見に、境内を埋め尽くすほど大勢の人が来る。


 武田神社のお堀を囲むように、”御屋形様の散歩道”と呼ばれる散策路が整備されている。天気が良ければ廻りたいところだが、あいにくの雨だ。雨脚を避けるため、宝物殿に行こうと境内を横切ったところ、突風に傘が煽られた。


 あっ、と思う間もなく傘が強風で逆開きになる。そして、傘を飛ばされまいと踏ん張った足がぬかるみにとられ、泥の中に転んでしまった。とっさに手をついて顔を地面にぶつけるのは防いだが、両手とジーンズの膝が泥まみれだ。転んだ瞬間、一瞬、体に痛みを感じたが、立ちあがって歩くことができたので酷い怪我はしていないようだ。転んだ時に近くに飛んだ傘を拾うと、骨が一本折れており、開くと無様な格好となる。泣きそうになりながら、汚れた手を洗おうと神社にある公衆トイレに行くと、ありがたいことにトイレ横に屋根付きの木のベンチが設置してあった。


 ベンチに座って手鏡で顔を見ると、泥が跳ねているが怪我はしていない。汚れた手を水で洗うと、少し擦れた跡があったが血も出ておらず大丈夫だ。脚もジーンズが汚れているだけで、幸いどこも怪我はない。折れたのは傘の骨だけだ。ほっとした途端、一気に疲れが押し寄せてきた。


 『青春18きっぷ』の旅も今日ですでに三日目。一日中、何時間も電車に揺られるのはさすがに苦痛だ。今までに行ったことに無い場所に行き、見たことのない景色を見るのは楽しかった。来てよかったとも思うし、鈍行の旅なんてとバカにしていたが、新幹線や飛行機の旅にはない魅力があることも良くわかった。何よりも、電車の時間さえ合えば自由に旅程を変更できるのはとてもありがたい。


 私は空から降る雨を見つめた。今日は一日雨だ。そして、明日も。天気予報アプリでは降水確率は100%だ。”あいつ”の作った明日の旅程には、レンタサイクルを使う予定もあるが、雨の中、自転車を漕ぐなど無理な話だ。


 仕方ない、帰ろうか。


 今日のホテルは、まだ予約していない。海外旅行のように、交通機関もホテルも事前に手配しているならば旅程の変更は難しいが、移動も宿泊も自由の”青春18きっぷ”の旅であれば、変更は自由だ。


 決めた、帰ろう。

 

 そうすれば、”あいつ”の作ったプランも未完に終わる。それなら、”あいつ”のことを忘れずに済む。


 そうしよう。


 私は折れた傘を差し、神社を出てバス停へと向かった。そして、甲府駅行きのバスに乗り、甲府駅から東京への帰路についた。

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