第5話 一緒に帰る二人
俺と康一郎の話は続く。
「お前でもそうだったんだ」
「そうしていたら、付き合って三か月ぐらいした頃、大ゲンカしちゃって」
「そんなことがあったのか?」
「ほら、俺と鈴乃ちゃんが口をきかなくなった時があっただろう」
「そう言えば、そんなことがあったなあ」
「みんなやお前の前ではその程度だったけど、二人でいる時は、頭から湯気が出そうな勢いだったのを覚えている」
「なんでそうなったの?」
「今となっては覚えていないんだけど、ささいなことだったと思う。ただ告白してから、俺の態度が逆にぎこちなくなってきたことに、彼女の方は相当憤懣がたまっていたようだったよ。『今までのような康一郎くんに戻ってよ』って言われた」
「うーん」
「それから俺は、難しいことは考えずに、普段の自分で彼女に接するようにしたんだ。これで壊れるような関係だったらしょうがないと思うようになった」
「それで今のラブラブな関係に至るわけだな」
「いや。それからも何回か大ケンカはしている。この時ほどまでの規模ではないけどな」
「俺、お前達の幼馴染だけど、全然知らないことだったよ」
「とにかく、俺の経験から言えるのは、自分を飾ったりしないことだ。普段通りでいいんだ。それで嫌われたら、そこまでの関係だと思うよ」
「でもお前のグータラなところって、彼女嫌っているところもある気がするけど」
「そうだろうな。俺ももう少し気をつけようと思ってはいるけど、こればっかりはなかなか治るもんじゃないから。そういうところも含めて、彼女には好きになってもらいたいと思っているんだ」
多分鈴乃ちゃんは、康一郎の言う通り、嫌なところも全部含めて、全部康一郎のことが好きなんだろう。
「お前も、紗緒里ちゃんには普段の自分で接していくんだ。そうすれば絶対にうまくいく」
そう康一郎は力強く言った
「一緒に帰りましょう」
放課後、俺が帰ろうとして教室を出ると、かわいい声が聞こえてきた。
紗緒里ちゃんだ。
授業が終わると一目散にここへ来たようだ。
そこまで俺のことを想ってくれるのか、と思う反面、恥ずかしい気持ちもある。
彼女は、顔を赤くしながら微笑んで、
「さあ行きましょう」
と言う。
「そ、そうだな」
俺もうなずいて、一緒に歩いて行く。
「本当は、ここから手をつなぎたいんですけど、まだ学校なので我慢します」
そう恥じらいながら言う彼女がかわいくてしょうがない。
でもいとこなのに、そういう気持ちを持っていいんだろうか、とどうしても思ってしまう。
そう思っていると、前の方にのずのさんがいた。
のずのさんには振られたんだし、もう関係ないと思いたい。
と言いつつも、のずのさんへの想いというか、振られた心の痛みはまだ残っている。
そう簡単に治るものではない。
とにかくのずのさんのところからはすぐに離れよう。それが一番いい。あいさつさえもしたくない、するだけでも、振られた時のことを思い出してつらくなる。
これからも、のずのさんとは話をしたくない。
俺はそう思っていたのだが……。
「う、海春くん、帰りなの?」
なんと、のずのさんの方から話しかけてきた。
これってどういうことなんだろう?
俺はのずのさんと話さないつもりだった。
しかし、
「そうですけど」
とのずのさんに応えていた。
何反応してしまっているんだ。のずのさんと話さないつもりが、もう会話をしてしまっている。
「あの……」
なんだか口をもごもごさせている。
なぜ俺に話しかけたのかわからない。勝者の余裕なんだろうか。
それにしては、様子が違う気もするが。
しかし、ここはのずのさんがどうだろうと、もう俺には関係がない。のずのさんは他の人の恋人になのだから。
「用がないなら帰りますけど」
俺は努めて冷たい口調で言った。先輩への想いを振り切るためだ。
「い、いや」
この間までの威勢の良さはどこへ行ってしまったのか、と思うぐらい今日ののずのさんの言葉には力がない。
どちらにしても、この場にはいたくない。また心の傷が開くだけだ。
「俺、もう帰ります。」
のずのさんへの想いはまだ残っている。しかし、もう忘れなければならない。
俺がそう冷たく言ったのに対し、のずのさんは意を決したように言った。
「海春くん、その隣の人は?」
予想外の言葉だ。
「なぜそういうことを聞くのでしょうか?」
すると、
「わたしは海春さんの婚約者です」
と紗緒里ちゃんが言った。
俺はとても驚いた、
こ、婚約者……。俺達、まだ付き合うって決めたわけでもないし、もちろん婚約だってしていない。それが一足飛びに婚約者だとは……。
もちろんこんなかわいい子を婚約者、そして奥さんに出来れば、とてもうれしいと思う。
でも彼女はいとこ、いとこなんだ。親戚の子として大切にしていかなくてはいけないんだ。
のずのさんの方は。
「婚約者、ということは、やがて海春くんの奥さんになるってこと……」
とうわごとのようにつぶやいている。
どうやら俺以上に混乱しているようだ。
でもなんで混乱する必要があるんだろう。俺はのずのさんにとっては何の関係もないはずなのに。
やがて、のずのさんは少し冷静さが戻ってくる。
「あなた、何を言っているの? 婚約者だなんて。婚約というのは、結婚を前提に行うものなのよ」
「わたしたち、結婚を前提に付き合っているんです。正式には、まだ婚約していませんので、ちょっと言い過ぎちゃいましたけど、もうまもなくする予定です。ねえ、海春さん」
紗緒里ちゃんは俺の手を握る。
彼女にとってのずのさんは、今日会うのが初めてなので、俺のことを「おにいちゃん」ではなく「海春さん」と呼んでいるのだと思う。
「う、うん」
俺は彼女の勢いにおされてうなずく。
それにしても、紗緒里ちゃんの手は温かくて柔らかい。これだけでも心が沸騰する気持ち。
「そ、そんな」
のずのさんはうなだれてしまう。
「だって、わたしに告白した時は、まだ誰とも付き合っていなかったんじゃ」
「そうですよ」
「それなのに、なんでそれからそれほど経っていないのに婚約するって話になっているの? そんなこと普通ありえるの?」
「ありえます」
紗緒里ちゃんは自信を持って言う。
「わたしは、長い間海春さんのことが好きだったんです。海春さんだって、わたしのことを好きでいてくれました。だからもう婚約するんです」
紗緒里ちゃんのことは好きだ。でも婚約するほどの恋心はまだないんだけど。
「そ、そんなに話が進んでいるなんて……」
涙声になってきているのずのさん。そんなに悲しいことなんだろうか。
「話はそれだけでしょうか?」
これ以上話をしても無駄な気がする。
俺はのずのさんに振られたんだ。彼女はなぜか悲しんでいるけど、恋人に慰めてもらえばそれでいいのだと思う。
「う、うん。じゃあ、さようなら」
力なく手を振ってその場を去っていくのずのさん。
「さようなら」
俺はのずのさんに頭を下げた。彼女が別れのあいさつをしているのだから、過去のことはともかく、それに応えるべきだと思った。
それにしても、紗緒里ちゃんが「婚約者」と言ったことに相当のダメージを受けていたようだが、何だったのだろう。
俺を振ったはずなのに。恋人と付き合っているはずなのに……。
とにかく帰ろう。のずのさんのことは、もう忘れていきたい。
俺は紗緒里ちゃんと一緒に歩いていった。
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