第6話 紗緒里ちゃんの家へ

 俺達は、俺の家を目指して歩いていた。


「おにいちゃん、わたしの家にちょっと寄っていってもらえませんか。私服に着替えたいので」


「うん。いいけど。でもこの近くなの?」


「少し歩きますけど、いいですか?」


「別に俺は構わないけど、紗緒里ちゃんは大変じゃない? 歩くの、疲れちゃうと思うけど」


「まあおにいちゃん。そういうところも優しいですね」


 微笑みながら言う紗緒里ちゃん。


「いや、当然のことを言っただけだと思うけど」


「おにいちゃん」


「なんだい」


「今の時間は、お父さんはいないけど、お母さんはいます」


「おばさんにはいろいろお世話になったからな。久しぶりに会うんだから、これまでの御礼をまず言いわないとな」


「おにいちゃんって律儀ですね」


「親しいと言っても、礼儀は守らないとな」


「それで、今日行くということで、婚約の日取りを決めておきたいんですけど」


「婚約の日取りって……」


 俺は絶句して立ち止まってしまった。


 あまりにも飛躍的すぎる話だ。


「あら、わたし、なんか気にさわる話をしました?」


 いたずらっぽく笑う紗緒里ちゃん。かわいい。


「いや、こ、婚約なんて……」


「じゃあ、結婚式の日取りを決めましょうか。婚約だけじゃものたりませんよね」

 俺はさらに衝撃を受け、倒れそうになってしまった。


 この子は、なぜここまで想いが想像もできないところまで行ってしまっているのだろう。


 ついていくことができない。


 紗緒里ちゃんは、うれしそうに笑った後。


「とにかく行きましょう。まだ婚約というのは無理だと思いますけど、これからは、結婚を前提として、わたしのお母さんと接してもらえるとありがたいです」

 と言った。


 久しぶりに会って御礼を言うということから、将来のことに話が発展しようとしている。


 婚約、そして結婚……。


 おばさんに会ったら、少なくとも結婚を前提として付き合ってほしいと言われるのだろうか。


 いや、それとも、紗緒里ちゃんはそう言っているけど、いとこだから結婚どころか付き合うこと自体反対する可能性はある。


 本人がその気でも、その両親が反対することは、良く聞く話だ。


 今までは、いとこどうしとしての付き合いを逸脱するものではなかったから、微笑ましく想ってもらっていたのだろうけど、これが、恋人どうし、婚約者どうしとなったら、態度が変わってしまうことは充分考えられる。


 紗緒里ちゃんとの結婚を前提とした付き合いを求められるのは心の準備が整わないし、付き合うこと自体を反対されてもそれそれでつらい思いがする。


 いずれにしても、つらい道の可能性は強い。そう思ってくると、気が重くなってきた。


 もう帰ってしまおうかと思う。


 でもここまで来て、おばさんに会わないわけにはいかない。


「今はなんとも言えないけど、紗緒里ちゃんの気持ちはわかった」


 俺はそう言うしかなかった。


「ここを曲ります」


 俺の家と彼女の家との分かれ道。もうここを曲ったら彼女の家に行くしかない。


 俺は決断をして、彼女の家に向かうことにした。


 いずれはいかなければならないのだ。だったら今日行った方がいい。


 そして、俺達は、紗緒里ちゃんの家に到着した。


 俺の家からは十五分ほど。


 二階建てで、新築の家できれい。


「あら夢海ちゃん。こんなに大きくなって……」


 満面の笑みのおばさん。きれいな人だ。この美貌は紗緒里ちゃんに受け継がれている。


「お久しぶりです。おばさん。幼い頃はお世話になりました」


 俺はそう言うと、頭を下げた。


「まあ、そんな律儀に」


「お世話になったのですから、まず御礼を言わなければならないと思って」


「それはいいのよ。わたしは、あなたのこと実の子供のようにかわいがってきたんですもの。御礼なんていいわ。さあ、待っていたのよ。上がって」


「ありがとうございます」


 俺はリビングに案内された。


「ソファでゆっくりしてね。と言っても、三月下旬に引っ越してきたばかりで、まだ片付いていなくてごめんなさいね。今、コーヒーをいれるから」


「おかまいなく」


 紗緒里ちゃんは、着替えに行ったようだ。


 おばさんは、コーヒーを持ってきた。


「さあ、どうぞ」


「ありがとうございます。いただきます」。


 おばさんは、テーブルをはさんで俺の前に座る、


「直接連絡しなくてごめんね。あなたの両親には連絡していたんだけど」


「いえ、いいんです」


「わたしたち、お父さんが転勤になって、この市に来ることになったの。それが十二月の話。それで、夢海ちゃんの家の近くの家がないかって思っていたの。特に紗緒里ちゃんはそうしたいって、強く言っていたわ」


 微笑むおばさん。


「そうしたら、分譲している住宅があったの。この家があるところね。ただ、そこは三月下旬にならないと入れないということで、それまでは賃貸マンションに入ることにしたのよ」


「その賃貸マンションはどこにあるんですか?」


「ここから三駅離れたところ。駅からも十五分近くは歩くから、ちょっと遠いわね」


「うちの家から四十分ぐらいはかかりそうですね」


 四十分もあると、ちょっと出かけるというのには遠い距離だ。


 隣近所ではないよなあ、と思う。

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