第3話 紗緒里ちゃんの想い 

「何を言っているんですか。わたしがこの五年間、どういう気持ちでいたか、わかっているんですか!」


 紗緒里ちゃんは、少し怒り気味だ。


 昔は微笑んでいることの多い彼女だった。今でもそれは変わっていないようだが、怒る時は怒るということも変わっていないようだ。


「ごめん。でも俺みたいな男を好きになるなんて、想像も出来なかったんだよ」


「全くおにいちゃんたら。こんな魅力的な人なんていないのに……」


 評価してくれるのはうれしいけど、俺は大した人間じゃないのになあ……。


 そう言っている内に、入学式・始業式の時間が近づいてきた。


 一旦、それぞれの教室に寄ってから向かうことになる。


「ああ、もっとおにいちゃんとお話していたいのになあ」


「さあ、行かないと」


「おにいちゃん、昼休みはいつも誰かと食べているんですか?」


「康一郎と一緒だ」


「あ、あの康一郎さんですね」


「おう、そうだけど。覚えているんだね」


「康一郎さんと鈴乃さんとおにいちゃんで遊んだのを覚えています」


「楽しかったよな」


 俺は、一緒に遊んだことを思い出す。


「じゃあ、放課後一緒に帰りましょう」


「一緒に?」


「そうです。一緒に」


「嫌ですか?」


「そういうわけじゃないけど。なんか、ちょっと恥ずかしい気がして」


「まあおにいちゃんたら」


「でも紗緒里ちゃんの家って、俺と同じ方向なの?」


「同じ方向です。ちょっと離れていますけど」


「それならいいけど」


「おにいちゃん、ただ一緒に帰るだけではないですよ」


「どういうこと?」


「おにいちゃんの家に、これから毎日行きます。行って、晩ご飯を作ります。楽しみにしてください」


 少し恥ずかしがりながら言う紗緒里ちゃん。


 彼女は、俺の家に来て、晩ご飯を作りに来ると言ってくれている。


 そう言ってくれる彼女がかわいい。


 いや、かわいいし、俺にとってはうれしい話ではあるんだけど……。


 OKをしていいものだろうか。


 俺は今一人暮らし。


 高校一年生の四月、父は地方に転勤になった、


 母は父が心配ということで、ついていった。


 母は一か月に一回ぐらいしか帰ってこないし、父に至っては、この正月に帰ってきただけだ。


 俺としては、両親が仲の良いのはいいと思うし、特に寂しさもない。


 ただ家事は自分でやらなくてはならず、それはつらく思う。


 毎日となると、彼女の方の負担は大変だ。


 俺は毎日家事をやっているので、そのことはよく理解できるつもりだ。


 特に晩ご飯は、献立も自分で考えなければならないし、食材の買い出しも必要だ。

 そういうところを理解しているのだろうか。


 それに、もし彼女がそれを苦にせず、俺の家に来るとなると、俺にますます心が動いてしまうのでないかと思う。


 これは、俺のただのうぬぼれかもしれない。


 しかし。今でさえ俺のことを好きだと言っている彼女だ。それの想いが強くなることも充分考えられる。


 俺にとってはうれしいことではあるけど、俺自身も全然心の準備ができていないし、

 彼女だって、俺に対する熱はすぐ冷めてしまうかもしれない。


 断った方がいいと思うのだけど……。


 しかし、彼女の微笑みを見ていると、断ることなどできるわけがない。


「うん。今日は部活がないからいいだろう」


 俺はそう言うしかなかった。


「ありがとうございます。おにいちゃん」


 とてもうれしそうな彼女。素敵だ。


 その表情を見ていると、断らなくてよかったとつくづく思う。




 昼休み。


 俺は康一郎といつものように、一緒に教室で昼食をとった。


 俺と康一郎は、高校一年生から同じクラスで、二年生になっても同じクラスになった。


 昼食と言っても、俺の方はパンと牛乳だけ。


 康一郎の方は弁当。鈴乃ちゃんに毎日作ってもらっている。


 中学校一年生の頃からずっとなのだからすごい。


 この点はうらやましい。俺のあこがれていたシチュエーションだ。


 食べ終わった後、俺達は屋上に上がる。


 いつもは、そのまま教室でおしゃべりすることも多いが、今日は屋上に行く。


 俺達は、春の心地良い風に吹かれながら話をする。


「お前、いいよなあ」


「なにが」


「毎日愛妻弁当が食べられて」


 俺がそう言うと康一郎は


「な、なにを突然言い出すんだ」


 と言いながらむせた。


「だって鈴乃ちゃん、いつも気合を入れて作っているんだろう?」


「そうかなあ」


「だっていつもなかなか豪華じゃない。おいしいだろう?」


「そ、そりゃまあそうだけど」


 顔を赤らめる康一郎。


「そんなことより」


 と言って康一郎は話題を変える。


「お前、朝、美人と一緒にいただろう」


「美人?」


「そうだよ。あれはいったい誰だ? 俺の知らない子だったようだけど」


「いや、お前も知っている子だよ」


「俺が知っている?」


「そう」


「思い浮かばないなあ」


「ほら、お前も昔一緒に遊んだことのある子だよ」


「うーん、誰だろう?」


 腕を組んで考え出す康一郎。


「だめだ。わからない」


 しばらく考えた後、康一郎は、そう言って手を振った。


「紗緒里ちゃんだよ。俺のいとこの」


「紗緒里ちゃん?」


 康一郎はすごく驚いている。


「あの紗緒里ちゃんなのか? びっくりした。こんなにも変わっているとはなあ」


「そうだろう。俺も驚いている」


「いや、俺、あまりにかわいかったんで、ちょっと彼女の方を向いていたんだ。そうしたら鈴乃ちゃんに頬をつねられながら、『新学期から何浮気しているの!』って言われて怒られちゃった。ちょっとの間だったのに、厳しいよなあ……」


 鈴乃ちゃんは、幼稚園の頃からやきもちをやくことが多かったけど、最近ますますそれが強くなっている気がする。

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