第2話 婚約したい紗緒里ちゃん

「俺達、まだ高校生だろう?」


 俺はそう言うのがやっとの状態。


「高校生だって、年齢さえ達したら結婚できますよ。お互い、後一年ほどですね。それまでは婚約者ということで過ごしていきましょう」


 そう言って紗緒里ちゃんは微笑む。


「こ、婚約者……」


 なんといい言葉だろう。


「おにいちゃんさえよければ、今日からわたしたち、婚約者どうしですよ。今好きな人や付き合っている人はいませんよね」


「い、いないけど」


「それなら婚約していいですよね」


 俺の心は、どんどん沸き立ってくる。


 長年あこがれていた女の子に振られて、心が大きく傷ついた俺。そういう時に、容姿が好みで、しかも結婚したいと言う女の子が現れたのだ。


 今すぐにでも、結婚することをOKし、婚約者どうしとして、二人の時間を楽しみたい気持ちになる。


 唇も俺を呼んでいる気がする。今すぐキスしたい。


 しかし、俺は我に返る。


 彼女は、いとこだ。いくら結婚できるとは言っても、それでいいのだろうか。


 いとこだと、どうしても親戚という面が強くなってしまう。好きという思いがあったとしても、それは恋ではないという気がする。


 俺も彼女のことは好きだ。幼い頃から妹のようにかわいがってきた。


 今でも彼女のことは、妹的存在としては好きだ。


 彼女の方はどうなんだろう。


 昔から、俺のことを「おにいちゃん」と言って慕ってくれた。親戚として好きでいてくれたんだと思う。


 紗緒里ちゃんは、俺の父方の妹の娘。


 もともと俺の家から二時間ほどかかるところに住んでいた。距離はそれなりに遠い。

 しかし、お互いの両親どうしの仲は良かったので、幼稚園の頃から小学校低学年の頃までは、結構お互いの家を行き来したものだった。


 物心がついた幼稚園の頃から、遊んでいたのを今でも思い出す。


 彼女はその頃からかわいらしさの片鱗を見せていたし、その頃から俺のことをおにいちゃんと呼んでくれていた。


 それがとてもうれしかった。


 小学校三年生の頃までは、よく行き来をして遊んでいた。


 楽しい時間だった。


 その一方で、年が経つにつれ、近所に住んでいればいいのに、と思うようにもなってきた。


 そうすれば、毎日のように遊ぶことができるからだ。


 それだけ俺は彼女のことを大事に思っていた。


 彼女の方はどうだったんだろう。


 いつもうれしそうな表情をしていたから、少なくとも俺と遊ぶのは嫌ではなかったんだろう。


 しかし、やがて、行き来が止まる時がきた。


 小学校五年生の時、彼女の父親が転勤になったのだ。俺の家からは五時間以上もかかるところに家族で行くことになった。


 こうなると、そう簡単に行き来ることはできなくなる。


 以来俺と彼女が会うことはなくなった。


 まだ彼女は幼かったこともあり、電話やルインをするという習慣はなかったので、そう言うやり取りをすることもなかった。


 今思えば、彼女とお別れのあいさつをしたかったのだが、そういう機会はなかった。


 その後は自然と、彼女のことを思うことも少なくなり、やがて、ほとんど思い出すこともなくなった。


 もちろん、親戚の子として好きだという気持ちは変わらなかった。


 たまには会いたい、という気持ちは持っていた。


 ただ恋をしていたわけではないので、どうしても会いたい、とまでは思っていなかったのだけど……。


 この五年の間、彼女はどういう思いで過ごしてきたんだろう。


 俺と結婚したい、と言っているのだから、俺への想いを持ってくれていたんだろう。


 でも、俺と最後に会ったのは彼女が小学校四年生の時だったはず。


 今も大して魅力がない俺だが、当時の俺も魅力がなかったと思う。


 そんな俺に、その時から恋をしてくれたということなんだろうか。


 いや、そんなことはないと思う。


 俺に久しぶりにあったから、勢いで言っているだけなんだ。少し時間が経てば、俺のことなど思わなくなるに違いない。


 俺がいろいろな思いをしていると、


「おにいちゃん、どうしたんですか?」


 と彼女が心配そうに聞いてくる。


「い、いや、紗緒里ちゃんの言った婚約者という言葉が、俺には強すぎて……」


「嫌なのですか?」


 彼女はまた悲しい顔になる。


「い、嫌というわけじゃないんだけど。あまりにも突然の話で」


「わたしのこと嫌いになったんですか?」


「そんなことはないよ」


「好きですか?」


「もちろん好きだ」


 親戚の子として。


「じゃあ、これで婚約成立ですね」


「それはちょっと違う」


「なにが違うんですか? やっぱりわたしのこと嫌いってことなんですか?」


 彼女がまた涙声になってくる。


「いや、そういうことじゃない」


「じゃあどうなんですか?」


「そうだなあ」


「わたしは、おにいちゃんのことが大好きなんですよ」


 俺の心はその言葉を聞いて、さらに沸き立つ。


 しかし、ここは冷静にならなければならない。


 紗緒里ちゃんはいとこなんだ。いとこ。


 なんとか心を抑えながら、俺は、


「ありがとう。その気持ちはうれしい。でも、あまりに急すぎる話で、俺も心の整理ができないんだ。それに、紗緒里ちゃんのその気持ちも、今だけなのかもしれないし」


 と言った。

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