先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。

のんびりとゆっくり

第1話 素敵な女の子・紗緒里ちゃん

 俺は海春夢海(うみはるゆめうみ)。今年の四月より高校二年生になる。


 今日は始業式。そして、入学式の日でもある。


 桜が咲いている学校のグラウンド。生徒たちが集まっている。


 ちょうどいいくらいの気温で、心地良い。


「おはよう、夢海」


「おはよう、夢海くん」


 俺に声をかけてくる人達がいる。


「おはよう」


 俺も返事をする。


 二人とも俺の幼馴染。


 一人は、星好康一郎(ほしよしやすいちろう)。


 そしてもう一人は、喜月鈴乃(よしつきすずの)ちゃん。


 二人は、小学生の頃からの恋人どうしで、ケンカもよくするが、仲は良い。特に最近は、仲睦まじさが増している気がする。


 二人を見ているうちに、俺もだんだん恋人が欲しくなってきていた。




 しかし……。


 俺は高校一年生の時、先輩に恋をしていた。


 先輩は高校二年生。冬土(ふゆつち)のずのさん。


 ストレートヘアで、背が高く、優しいと評判の美少女。


 俺は先輩に一目惚れをして、のずの先輩のことで頭が一杯になっていった。


 そして、高校一年生の時の紅葉シーズンの頃、俺はグラウンドの端の場所で、のずの先輩に告白をしたのだけど……。


「もう付き合っていう人がいるので、あなたには付き合えない」


 冷たい言葉。


 俺は先輩に振り向いてもらおうと、


「冬土先輩、俺は先輩が好きなんです。どうか俺と付き合ってください」


 と一生懸命その想いを伝えたが、


「何を言われても付き合うことはできない」


 と言われてしまった。


 先輩が去った後、俺は涙を流した。


「どうして、どうして……」


 冷たい雨が降ってきた。


 その雨は、俺の心をさらに冷たくしていった……。


 俺はその後、しばらく食欲がほとんどなくなるなど苦しんだ。


 そういうつらい思い出があり、心の傷となって残っている。


 思い出しては憂鬱になることも多い。


 この経験がある為、恋人が欲しくなってはいたが、一方でまた失恋するのではないか、という気持ちも大きかった。



「教室へ行こうぜ」


 と康一郎が言う。


 しかし、俺は、


「先に行っていいよ。まだしばらくここにいる」


 と言った。


「じゃあまた後でな」


 康一郎達は、微笑みながら教室に向かっていく。


 二人は、仲睦まじくていいと思う。


 しかし、康一郎達が去っていくと、俺は寂しい気持ちになってきた。


 俺も恋人がほしい。恋人とラブラブな青春をおくっていきたい……。


 でも俺には、今まで恋人どころか女の子の友達もほとんどいなかった。失恋をした経験しかない。


 出会い。


 今日それはあるのだろうか。それを期待してきたのだけど。


 しばらくの間、「素敵な子」と出会う為に、ここで待つ。


 まだ始業式までは三十分以上ある。このくらい時間があればなんとかなるのでは。


 しかし、そんな出会いは普通あるわけがない。俺に話しかけようとする人はいないし、俺の方から話しかけるのは難しい。


 むなしく時間がただ経っていくのみ。


 こんな調子じゃ、やっぱり無理かなあ……。もう教室に行こうか。ここにいても、出会いはなさそうだなあ……。


 そう思っていた時。


「夢海おにいちゃん、やっと会えたね!」


 俺の名を呼ぶ声が聞こえる。


 うん? おにいちゃん?


 振り返ると、ストレートヘアのかわいい子がいた。


 誰だっけ? 俺、妹はいないんだけど……。


 俺がそう思っていると、彼女は俺の手を握ってくる。


 途端に、俺の心は沸騰していく。


 や、柔らかい……。


 俺は自慢じゃないが、女の子に縁がない。彼女どころか女の子の友達さえも幼馴染の二人しかいない。


 どちらもかわいい子だ。


 そのうちの一人である鈴乃ちゃんは、康一郎の恋人だ。


 もう一人の幼馴染は、夏森寿々子さん。


 今、同じクラスではあるのだが、小学校三年生以降疎遠になっていて、あいさつをする程度の仲。昔は名前で呼び合っていたのだが、今は苗字呼び。また寿々子ちゃんと呼んでみたいと思うこともある。でも苗字呼びになってから長い時間が経っているもんなあ……。


 このように、二人とも、幼馴染とはいっても俺との関係は薄くなっている。


 そんなところに現れた柔らかさ。いや、女の子。


「おにいちゃん、わたしも同じ学校になったのよ」


 しかし、思い出せない。こんなかわいい子、俺の知り合いにいたかなあ……。


「あれ? せっかく会えたのに喜んでくれないの?」


 手を握ってくれるのはうれしい、というより、幼い時以来女の子の手を握ったこともない俺には、あまりにも刺激が強すぎるのではあるが。


 ああずっとこの手を握っていたい。心がどこかに行ってしまいそう。


「もう、わたしは会いたくて、会いたくてたまらなかったのに」


 彼女は涙声になり始めた。


 俺は我に返る。


「ごめん。きみが誰だか思い出せなくて……」


「そんな……。わたしのこと忘れちゃったの?」


「忘れるもなにも、こんなかわいい子、今までの人生で出会ったことなかったから」


「かわいいだなんて……」


 彼女は顔を赤らめる。


「どうしても思い出せないんですか?」


「うーん」


「おにいちゃんたら、わたしですよ、わたし。いとこの」


「いとこの?」


「これで思い出してくれました?」


 俺にいとこは何人かいるが、女の子は二人しかいなかった気がする。


 ただ、一人はまだ小学生のはず。


 と言うことは紗緒里ちゃん?


 しかし、俺の知っている紗緒里ちゃんは、もっとおとなしかったし、髪も短めだった気がする。


 五年ぶりとはいえ、あまりにも変わりすぎている。


「もしかして紗緒里ちゃん?」


 俺がそう言うと、彼女は。


「そうです。春島紗緒里(はるしまさおり)です。もう、なんですぐ思い出してくれないんですか?」


 と言って、ちょっとむくれる。


「ごめん。ごめん。紗緒里ちゃんが、あまりにもかわいくなっていたんで」


「うれしい。おにいちゃんがそう言ってくれるなんて」


「でも一緒の学校になるとは思わなかった。おじさんもおばさんも、何も教えてくれなかったから」


「おにいちゃんのお父さんとお母さんには、話をしていたはずなんだけど」


「俺に話すまでもないと思ったんじゃない? 俺は全然聞いてないんだ」


「聞いていないなんて……。わたし、おにいちゃんに会いに行くのは今まで我慢していましたけど、聞いていてほしかったです」


 彼女はちょっと悲しそうな顔をする。


 しかし、すぐに表情を柔らかくした。


「話ぐらいしてもいいんじゃないかと思うんですけど。これから、義理の両親になるんだし……」


 彼女の顔が赤くなり始める。


「うん? それってどういうこと」


 義理の両親?


「もう。おにいちゃんたら。おにいちゃんとわたしは、その内に結婚するんだから、おにいちゃんのお父さんとお母さんは、義理の両親になります」


 俺はあまりの展開に言葉を失ってしまう。


 結婚? このかわいい子と?


 俺の心は沸騰し始めていた。

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