23.魔術師の禁術2(レイサスside)


 岩の魔物との戦いから七日間、僕らは守護魔から解放したポルテットの町に滞在している。農園の被害状況や自生していた農作物の確認、駐屯地としての整備を行っていた。それらの作業にも一区切りついたので、本日中に出発する予定だ。


 古くはなっていたが魔物の被害を受けていない建物もあり、埃を被っていたがベッドもあったのでそこで休んだ。久しぶりに甲羅の上以外で眠ることができた。


 しかしながら寝心地はともかくとして、スカイラーの使役した大王亀は優秀だ。

 移動は亀の上なので体力を使うこともないから、力を温存できる。スピードに関しても亀だから遅いと思われがちだが、巨大なため馬車と同程度の速度で進むことができた。さらにそこら中にいる魔物と比べると強い部類なので、他の魔物があまり寄ってこない。夜見張りは交代で行っているが、襲撃を受けたことは一度もない状態だ。




 外へ出るとドナとスカイラーの姿が見えた。


「魔粒子もだいぶ弱まってきたね!」

「ええ。農園も少し残っているみたい」

「凄い! ここの野菜食べられるの?」

「一種類だけは自生してて食べられるって」

「やったー!」

「ガンドフとレイサスが大王亀に野菜を積んでいたわ」

「しばらく新鮮な野菜を食べられるのは楽しみね!」


 スカイラーと元気を取り戻したドナが歩きながら喋っている。左足以外は元気なようだ。ドナは杖を使って歩く。まだ少し罪の意識は残っているが、ドナだけでなくガンドフとスカイラーにも散々言われて考えを改めるようにしている。


 言われたのは「目標を見失うな」だ。


 目標はもちろん赤い鎧の討伐。それ以外はすべて消耗品と考えろ。食料も僕たちの命も消耗品だ。それくらいの覚悟がなければ魔王には届かない。四十年誰も成し得なかったことをするんだ。普通じゃ届かないことくらいわかっているはずだろ。


 スカイラーとガンドフに言われた内容だ。


 その通りだ。

 僕はすでに罪深い存在だ。自分でこれまで行ってきた罪を考える。ドナには断らないとわかっていて禁術を教えた。ガンドフとスカイラーに対しても同様だ。


 今更何が人の命を賭けさせられない、だ。もう十分引き摺り込んだだろう。全員の命を背負っている覚悟を決めろレイサス!


 罪を思い出しているのに、不思議と気分が高揚してきた。身体から励まされているような気がする。



 わかってる、大丈夫だよ。必ず赤い鎧を倒すから。



 次にすべきこともわかってる。一旦川沿いまで戻ってからの山越えだ。山越えは一ヶ月近くかかるだろう。

 だが山を越えれば。



 ベルガモット王国は目と鼻の先の位置だ。



ーーーーーーーーー



「ねえレイサス。私ってさ、赤い鎧のことばっかあなたに聞いてきたわ。でも側近のことってあまり知らないの。教えてほしいんだけど」


 ポルテットの町を出てすぐ。亀の上でスカイラーが言い出した。


「実を言うと俺もなんだ。スカイちゃんと一緒に聞かせてもらうかな」

「私も聞きたい。今まで魔王しか知ろうとしなかった」


 ガンドフとドナも同調する。三段階の魔物との苦戦が、僕たちを変えたのかもしれない。今までは赤い鎧のことばかりだったのに、他の魔物について学ぶ意識が出てきた。


「僕も皆にちゃんと伝えてなかったね。山岳地帯を越えたら側近との遭遇率も高くなる。今のうちに伝えておくよ」



 僕が伝えた側近の情報をまとめるとこうだ。


・側近とは魔王に仕える四段階の魔物のことである。


・側近という呼称が付けられているが、いつも魔王の傍にいるわけではなく、指示を受け独自に動いていることが多い。


・どうやら魔王と同じく人語を理解し話すらしく、知能は高い。


・魔王と同じく肉体の再生能力がある。


・もちろん非常に強い魔粒子を常に放出している。


・赤い鎧には当初、三体の側近がいた。


・その内の一体は剣聖と伝説の魔術師のタッグに倒された。


・現在は、燃陣大針鼠(ねんじんおおはりねずみ)と三頭人呑鷲(さんとうじんどんわし)という二体の側近が残っている。


・燃陣大針鼠は象のように大きな針鼠の魔物で、高熱の針を飛ばして攻撃してくる。ベルガモット王国は、赤い鎧と燃陣大針鼠の両方に攻め込まれ、滅ぼされている。


・三頭人呑鷲は三つの頭を持つ巨大な鷲で、魔物の中で最も大きいと言われている。それが空を飛ぶ。爪と嘴の他、鋭い羽を飛ばして攻撃する。



「名前がややこしくて覚えられないわ。それより針を飛ばしてくるのは厄介ね」


「全くだ。要するに針鼠とでかい鷲が側近ってことだろうが、どっちも遠距離攻撃なのは参ったな」

 スカイラーとガンドフは名前が覚えられないらしいが、やりづらい相手だということは理解しているようだ。


「しかも鼠が喋るのかよ、針よりもそっちの方が俺にはホラーだぜ」

「何言ってるのよガンドフ。鷲なんて頭が三つよ三つ。それが喋るのよ! 三つの頭が同時に違うことを喋ったらどうしよう。聞き取れる自信ないわ」

「確かにそりゃあ怖いな。そしたら首を二つ斬ってから話を聞いてやるか。ハハハハハハ」


「戦わないで済む可能性はある?」


 ドナが僕に尋ねてくる。


「魔王も側近も別行動をしているらしいからね。戦わないで済む可能性はあるよ。けれど、その確率は低いと思っている。少なくともどちらか片方とはやり合うことになるだろうね」

「じゃあ逃げるのは?」

「それは場所によるだろうね。森や山岳地帯で出会ったのなら逃げ切れるかもしれないけど、平地で遭遇したら戦うしかないな」

「レイサス、それなら戦うための対策を練ろう」

「僕もそう思っていたよ」

「ならよかった」


 ドナは僕がまた逃げ腰になるのか心配していたのだろう。戦う意思だと知って安堵した様子だ。


「いい機会だから、燃陣大針鼠と三頭人呑鷲に出会ったときの作戦を話しておこうと思う。ガンドフにも切り札を使ってもらうし、ドナにもまた禁術を使ってもらう。負担をかけることになるけど、勝つためだから遠慮せずに伝えるよ」


「おお! 社長がやっと本気出すか。遠慮しないでいいぜ。ハハハハハ」

 ガンドフが笑いながら拳を握りしめる。

「うん」

 ドナも頷く。


「私は? 私は?」

 スカイラーが前のめりに尋ねてくる。

「側近と戦うなら、スカイラーは後ろにいてもらう。移動手段である大王亀と索敵能力を持つ狼がやられたくはないからね」

「えー」

「理由はそれだけじゃないよ。出番がなくなるわけでもない。先日の戦いで想定よりも敵は強いってことを学んだからね。ただ、スカイラーの切り札を切るときは時間がかかるし、一度限りだ。時間を稼ぐためにも後ろにいてもらわなきゃ困るってこと」

「なるほど。それならよし!」

 

 これでいいんだ。僕たちは僕たちらしく進めばいい。




「それと側近との戦い方を話したあとに、もうひとつ共有しておきたいことがあるんだ。山越えの途中でもまた守護魔に遭遇するかもしれない。いや、側近に出くわすよりは守護魔に出会う方が可能性としては高い。だから山岳地帯での戦術も今のうちに覚えておいてほしい。いいかな。

 じゃあまずは燃陣大針鼠と戦うときからいこう」


 僕は皆に向かって作戦を伝える。


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