22.魔術師の禁術1(レイサスside)

 禁術。


 それはこの戦いの切り札として考えていたものだ。

 通常の攻撃で勝てない敵だった場合、撤退するかドナの禁術を使うかを僕が判断する、というのが今回の作戦会議で決まった話だった。


 ただ、三段階の魔物であれば作戦次第で倒せると思っていたので、それほど強く検討してはいなかったのだ。


 単純に僕の考えが甘かった。皆のために全力で考え抜くと決めていながら詰めが甘い。


 考えるとは一本道を進むことではない。


 木の枝のようにあらゆる選択肢を洗い出して枝の先まで検討することだ。


 人生が上手くいっていない場合、「こうであってほしい願望」のことしか考えてなかったり、「色々な選択肢をごく浅い範囲」でしか思考してなかったりすることがほとんどだ。


 多くの選択肢を考え尽くせば、大体の場合は順調に物事が進む。考えもしなかったケースに陥ることもあるが、考え尽くした後なら解決方法は目の前に転がっているものだ。


 今の僕は、考えが足りなかったばかりに最後の二択で迷っている。


「私の命はレイサスに預けている。遠慮なく指示して」


 ドナが抑揚をつけずに声をかけてくる。自分の身体どころか、命さえも簡単に捨てられるのだ。これはドナに限った話ではなく、スカイラーもガンドフも、僕だって命は惜しくない。


 ただ、自分の命を賭けられるのと、人の命を賭けられるのは全く別の話だ。

 今僕は実感していた。覚悟を決めて旅に出たはずなのに、ドナに禁術を使わせることを躊躇っている。



 岩の魔物がターゲットをガンドフに絞ったようだ。巨体がガンドフに近付く。盾を持っているが斧は魔物に刺さったままで武器がない。逃げることはできるだろうが、それは撤退を意味する。まだ僕がガンドフに指示を出していない以上、ガンドフは逃げずにその場で戦おうとするだろう。


 ダメだ。


 僕は首を振った。


 皆が覚悟してきた旅だ。三段階の魔物は切り札なしで勝ちたいなんて余裕のあることを言っている場合じゃない。僕は戦いが弱い分、心だけでも強くないといけない。



「ドナ。禁術だ」

「待ってた」


 答えると同時に胸の前で手を結び、聞きなれない言葉を呟きだす。やがて目の前に赤い八面体が現れると、両手を岩の魔物に向かって突き出し、小さく叫ぶ。




「メルティング」




 八面体の塊は驚くほどの速さで直進し、魔物の胴体に命中した。


 一瞬のあと、魔物は地鳴りのような叫び声を上げる。と同時に命中した部分から融解が始まった。


 溶ける。


 胴体、腕、足。どんどん溶けていく。岩がまるで氷が水になるように液化していくのは不思議な光景だった。


 目の光はすでに失われていたが、岩の魔物は頭まで溶けて消滅した。跡には湖底にあるような泥の水たまりだけが残っている。



「凄い!」

 隣にいるスカイラーは興奮気味だ。


「これがドナの禁術かよ。とんでもねえな」

 近くで見ていたガンドフが目を見開いている。


 僕らのパーティーではお互いの切り札については話し合っているので、どんなものかを言葉では知っているが、実際に見るのは初めてだった。


 改めて見ても凄まじい。


 これが対象すべてを溶かすことのできる禁術か。



「ぐううっ」


 ドナの呻きを聞いて我に返る。左足を押さえている。失礼と言いながら、ドナの紫色のローブをめくると、膝からふくらはぎのあたりが黒く、石のように固くなっていく。


 前回と同じだ。


 この禁術は最近発見されたという古代遺跡に遺されていた。魔王たちによって人類が大陸の東部に追いやられ、大陸の東側の開拓が活発になったから見つかった遺跡だ。


 その遺跡で発掘された石板のひとつに書かれていたものが禁術であった。対象を溶かす魔術で、その名を「メルティング」という。ただし使用する度に使用者の身体の一部を黒く固形化させる。十数回も使用すれば黒い石像になってしまうため、禁術として封じられていた魔術だった。


 僕の会社では希少な文献などを見つけたら特別ボーナスを支給していた。


 ある日、古代遺跡の発掘作業に同行していた傭兵が石板を発見し、報告をもらったことがある。その遺跡の文字を読める人間は発掘作業者にはいなかったそうで、いち早く現場に駆けつけた僕が解読しその石板を買うことができた。それがこの禁術、メルティングだ。



 ドナにこの魔術を覚える覚悟を尋ねると、彼女は迷うことなく頷いた。実際に禁術を半年かけて覚えてもらった。

 その後一度だけ試しに使ったことがある。


 バッタのような魔物が同じように溶けてなくなったが、同時にドナの左太もも辺りが黒く変色し、石のように固く動かなくなった。硬化を治す方法も探したが見つけられなかった。


 今回も同じ左足だったため、これでドナの片足は使えなくなったと考えていいだろう。

 僕は泣きそうになりながらドナを見る。


「倒した」


 ドナは微笑んでいた。左足が動かないことは誰よりもドナ自身がわかっているはずなのに、気にしていないのか、気にしないふりをしているのか。


「でもドナ、足が……」


 白く美しい右足に対して、左足は足首から太ももまで黒い石となっている。膝を曲げることもできないだろう。


「それは問題ない。歩くのに杖が必要になるくらいだ」

 気丈に振舞っているわけではなく、心から思っているような口ぶりだ。実際にそうなのだろう。


 僕たちは自分の命が途中で尽きても構わない、最終的に誰かひとりが赤い鎧の息の根を止めてくれればいいと考えている。当然全員で赤い鎧に挑んだ方が勝てる確率は高いから生き残るつもりで戦うが、旅を途中で断念するくらいなら命を捨てる方を選ぶ。


 僕もそうだ。命くらいくれてやる。頭ではわかっている。ドナは足の一本程度安いものだ、命すら取られていないのだから、と思っている。


 だが、人の命は重い。今後も僕は三人に命を賭けさせるのだろう。


 その事実と向き合っていくのが僕の戦いだと心に言い聞かせた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る