21.王子の戦術2(レイサスside)


「今度は三段階を倒す」


 僕は宣言した。


「場所は地図でいうとこの辺りだね。今の位置からだとあと二日ってところかな。十年以上も前の資料だから同じところにいるとは限らないけど、守護魔なら自分の領地のどこかにいることは間違いない。つまりこの近くにいるはずだ」


 僕ら四人は地図を囲みながら大王亀の上で話している。四人が乗り、荷物を置ける程度に大王亀の甲羅は広い。


「どっちにしろ近くに三段階のヤツがいるってことか! ようやく本番って感じじゃねえか」

 嬉しそうにガンドフが握りこぶしを作る。


「そうだね、これに勝たないと赤い鎧はおろか、側近にも勝てないだろうね」

「俺たちなら大丈夫だろ!」

「そうよ、もちろん油断なんてしないわよ」

 ガンドフにスカイラーが同調する。


「ここは……川沿いではないようだけど」


「ドナ、いいところに気付いたね。明日は川沿いから離れて少し北に向かう。人間がいたころはポルテットと呼ばれた町だ」

「なぜ……川から離れたところを狙うの?」

「今度の目的地は元々人間が住んでいたとき、大農園地帯だったらしいんだ。農作物がたくさん獲れただろうし、牛や羊の放牧もされていたらしい。野菜とか、上手くいけば肉だって手に入る可能性がある。だからこの地域を確保しておきたいんだ」

「さすがに食べ物は残ってないと思うけど」

「はははっ。さすがだねドナは。肉に関しては僕も同じ意見だ。魔物は人間の肉が一番好物だし、他の動物の肉も食べるからね。もっと言えば、魔粒子耐性のない動物はそもそも生き残れないからね。

 ただ、木の実を食べる魔物はたくさんいるけど、野菜を食べる魔物はそれほど多くない。僕は畑が残っている確率は高いと思っている」


「理解したわ、ありがとう」

 ドナが納得したように頷く。


「でも何でわざわざ寄り道してまで土地を確保するのよ。さっさと魔王を殺しに行かないの?」

 腑に落ちてない様子のスカイラーが尋ねてくる。

「それは……拠点になるからでしょ、レイサス」

「そう、ドナの言う通り、ポルテットを次の拠点にするつもりだからだよ」

「拠点?」

「まず、この土地の先はしばらく山岳地帯に入るんだ。これまで通り平地を川沿いに進めない場所が出てくる。

 つまり今までより不便な旅になるわけだ。もし食料が不足したり、誰かが重傷を負ったりしたら一旦退くことも必要にもなってくる。退くといってもトマーノまで戻るわけにはいかない。だから途中に休める場所がほしいんだ。休むとなれば魔物の領地では困るし、食料の補給もしたい」

「なるほど! 山に入る前の拠点ってそういうことね。大賛成だわ」

「俺は社長さんのアイデアなら何でもイエスだ! ハハハハハハ」



 皆が納得したあと、僕は今回の作戦を提案していく。いつものパターンだ。まずは次の行動目標を伝えて、三人から発せられる疑問に答えていく。疑問がなくなったら実行するための作戦を提案する。作戦は皆の意見を聞いて変更することもあるが、大抵そのまま遂行されることが多かった。


 今回僕が出した案も、今まで同様に変わらず実行されることとなった。


 翌日から大王亀で平原を移動しながら各自が作戦の準備を進めていく。大王亀は環境の違いに順応できるタイプの魔物なので、川沿いから離れたり気温が変化したりしても問題ないだろう。


 ガンドフたちについてもこれまでより強い敵であるという重圧は彼らになさそうだ。誰もが自分の役割に集中できている。あとはスカイラーの狼が三段階を補足するのを待つだけだ。




 それは想定よりも早く訪れた。


 僕たちが元ポルテットの町に入った瞬間に狼が反応。どうやら近くに守護魔がいるらしい。数日探すことも視野に入れていたし、むしろ数日間探す気持ちを固めていたのだが、思いの外早かった。順調な反面、唐突さを感じずにはいられなかった。


「ありがとうスカイラー。では早速作戦を実行していこう。恐らく資料にあった通り、岩でできた魔物だと思うけど、まずはこのまま全員で近付くから、戦闘態勢を整えておいて」

「わかった」

「任せな」


 ドナとガンドフの頼もしい声が聞こえる。狼が睨みつける方向に進んでいくとすぐ、濃い魔粒子を感じるようになった。それと同時に重い石を落としたような音が聞こえる。


 見えた。


 それは大王亀よりも大きな岩の魔物だった。形は人型でたくさんのレンガを敷き詰めたような身体をしている。目と口の部分だけは空洞になっており、赤い目が光っていた。

 間違いない、資料にあった魔物だ。距離はまだ十分にあるが、赤い目はこちらを見据えており、気付かれていることは明らかだった。それでもこちらに向かって来ないのは興味がないからか、敵として認識していないからか。


 どちらにせよありがたい。ならば先制攻撃させてもらう。隣にいるドナに話しかける。

「ドナ、もう少し近付いたら一発頼む。ガンドフは魔術の発射と同時に距離を詰めて」


 大王亀は歩みを止めない。岩の魔物はようやくこちらに対して構える姿勢を見せる。亀の上から見ても岩の魔物の方がやや大きいのがわかる。


「ドナ!」

「たあっ!」

 ドナは短く声を上げると岩の魔物に向けて炎を撃った。先日虎の魔物に放ったものよりは小さいが、威力は同じ。すなわち火力を集中させて射出している。


 炎は岩の魔物に命中した。炎と煙で視界が悪いが、直前に両手でガードするような仕草が見えた。

 煙の中へガンドフが突っ込んでいく。仕留める気だ。しかし。


「ガンドフ、止まれっ!」

 宙源石に向かって叫ぶと、ガンドフは急停止した。直後、もの凄い風切り音と共に岩の魔物の腕が振り抜かれた。あと数歩ガンドフが踏み込んでいたらただじゃ済まなかっただろう。


「あぶねえ。あれを食らって平気なのかよ」

 ガンドフが感心したように言う。その通り、煙が晴れて見えた岩の魔物はどこも欠損しておらず、腕が黒く焦げているだけだった。

 予想はしていたし、皆に伝えてもいた。だからこそガンドフは急停止できたわけだ。岩の魔物はやはり炎に強い。


 じゃあ次の手だ。


「スカイラー」

「はいはーい。じゃあウルちゃんお願いね」

 ウルちゃんはスカイラーが使役する狼の名前だ。魔物使いは基本的に一匹しか魔物を従わせられない。狼と大王亀の二匹を使役できるスカイラーはそれだけで特別な才能を持っていると言える。宙源石を取り入れた人にも引けを取らない。


 そして名前を付けているのは狼の魔物だけだ。


 名前を付けたら情が湧く。死んだら余計悲しいから名前は付けたくないらしい。それでも狼の魔物に名前を付けたのは家族のように生活していた時期があるからだろう。


 狼は素早く岩の魔物に近付き、飛び掛かる。攻撃するためではなく陽動だ。岩の魔物は拳を振るうが、狼の素早さには付いていけず当たらない。何度振り回してもするりと避ける。

 岩の魔物が腕を伸ばしたとき、強烈な音がした。


 ガンドフが後ろから魔物の左腕の付け根に斧を叩き込んだのだ。これがもうひとつの策。炎が効かないときのために考えていたものだ。


「嘘だろ!?」

 またもやガンドフは声を上げる。ただ、今回は心底驚愕していた。

 僕も目を見開いた。


 斧は確かに狙い通り敵の岩と岩の境目に食い込んでいる。

 だが、それだけだった。ガンドフの力をもってしても腕を斬ることができない。そればかりか左腕を振って狼を狙い続けている。ガンドフは背負っていた予備の斧を構えると、隙を衝いて再び左腕の付け根に刃を入れた。


 まだ、動いている。信じられないことにガンドフ渾身の斧を弱点である関節部分に二発受けても切断はおろか機能停止すらさせられない。

 突如ターゲットを狼から変えた魔物の拳がガンドフを襲った。咄嗟に盾で防いだが、ガンドフは大きく弾き飛ばされた。


 まずい。ガンドフは大丈夫か。ガンドフを目で追うと、立ち上がろうとしているところだ。

「ケガは特にない。ちょっと腕が痺れただけだ。でも悪いな社長。アイツに攻撃が通らねえ」

 無事のようだ。とりあえずほっとした。


 とはいえまだ問題は残っている。ガンドフの言う通り、攻撃を通すにはどうするか。


 攻撃を通すには切り札を使うしかない。


 切り札を使うか、それとも撤退か。僕の脳内で二つが天秤にかけられる。このままでは決定打がない。狼は躱し続けることができるだろうが、いくら躱しても岩の魔物に致命傷を与える手段がなければ意味はない。


 想定以上の頑丈さだった。


「レイサス、禁術を使おう」


 ドナは表情を変えずに岩の魔物を見ながら言った。


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