20.王子の戦術1(レイサスside)


「よし、ガンドフ。そのまま退いて予定通り岩場まで誘い込んでほしい。ドナは炎の魔術を準備してくれ、ガンドフによれば三十匹はいるみたいだからね」


「任せとけ!」

「わかった」


 音を伝える宙源石で僕らは連絡を取り合う。


 遠く離れると使えないが、戦闘中に伝達をする上では最高の道具だ。高価だったが役に立っている。ある程度の距離であれば時間のロスなく会話ができるのは、これまでの戦闘でも実証済みだ。


 魔物の領域に入ってから約一ヶ月。これまで一切苦戦することなくここまで来れた。幾度となく戦闘をこなしてきたが負傷者もいない。僕自身は大王亀に乗って指示を出すだけで戦闘に参加していないから負傷するはずもないが、ガンドフたちも無傷だ。

 作戦や連携が上手くいっているからだろう。その作戦や連携をよりスムーズにしてくれているのが宙源石だ。入念な準備が功を奏している。


 もちろんガンドフ、スカイラー、ドナの協力があってこそだ。



 直接戦うことをしない僕と他の三人を同列に語るのは申し訳ないと思っているが、皆理解してくれている。

「ハハハ! 作戦を考えて実行するのが社長の仕事だろ! ドンと構えときゃいいんだよ」

「順調に旅ができているのはレイサスのおかげよ! 気にしないで」

「役割分担よ……問題ない」


 そんな風に僕を認めてくれている。ありがたいことだ。


「社長! 魔物をおびき寄せたぜ、これから離脱する」

 ガンドフの声が石から聞こえてくる。


「わかった。ドナ、なるべく群れの後方を狙って炎を撃ってくれ」

「了解した」

「スカイラーは生き残った魔物を狼に始末させてくれ」

「オッケーー!」


 少し離れたところに火柱が上がる。かなりの規模だ。くらった魔物はひとたまりもないだろう。


 まずガンドフに囮を務めてもらい、三方が岩場に囲まれた袋小路へおびき寄せる。そこへドナが逃げ場を塞ぐよう後方に向かって炎の魔術を放つ。生き残った魔物をスカイラーが使役する狼の魔物が倒す、という作戦だったが今回も上手くいったようだ。



 しばらくして三人が戻ってくる。こちらの被害はなさそうだった。僕は大王亀から降りて皆を迎えた。


「いつもありがとう。今回も問題なかったようだね」

「余裕だったよ! 今日もドナの魔術がバッチリ決まって、私が倒したのは一匹だけだったし」

 スカイラーが笑顔で答える。


「撃ちやすい場所だったし、敵が固まってきたから。ガンドフのおかげ」

「ハハハハハ! ドナちゃんも褒めるの上手いなあ! ま、スカイちゃんの狼が離れた敵を察知してくれるからな」

 パーティー全体の雰囲気もいい。皆、心に傷を抱えているのに明るい。いや、全員が同じ傷を持っているから共感しているのだろうか。笑顔でお互いの健闘を称え合う姿を見て、このメンバーで良かったと改めて思う。


「で、社長。今日の作戦会議はどうする。今のうちにやっとくか」

 ひととおり会話したガンドフが話しかけてくる。

「そうだね。でも皆疲れただろうから少し休憩をしてからにしよう。もう少ししたら呼ぶからそれまでは休んでいてくれ」


「やったーー!」

「ありがとうレイサス」


 スカイラーとドナは水浴びに、ガンドフは軽食を食べに行った。




 全員を見送ると懐から一冊の本を取り出す。

 僕が出発前に作戦や地図、魔物のデータなどをまとめたものだ。作戦会議の前に改めて確認するのが僕の癖になっていた。


 パラパラとページをめくる。『第一に兵站、第二に士気、第三に作戦』と書かれている。僕が魔王討伐の旅をする上で重要なことベスト3だ。これは十年近く前に、ある人がお忍びでトマーノの町まで来たとき学んだことである。


 その人物とはネア・マクリ帝国の将軍、デッドエイック。


 本人は決して自分をデッドエイックと認めなかったが、その後僕が調べた彼の身体的特徴、性格、戦術への知識、休暇を取っている時期から間違いないと確信している。


 今では人類最高の指揮官とも呼ばれ、戦闘の天才マテウスと共にツヴァイ・ヘルトと称されているが、当時は何度か魔物の進攻を食い止めた「まあまあいい将軍」程度の評価だった。トマーノの町まで帝国の噂が伝わってきたくらいだから、将来を期待される指揮官には違いないだろうが。まさか守護魔を倒し、魔物から領地を奪い返すほどになるとはほとんどの人が思っていなかったに違いない。


 彼は兵法や魔物に関する書物を手に入れるため、主要な都市を密かに回っていた。書店で僕と同じ書物を手にする姿を見て話しかけたのだ。彼の話に惹き込まれて、帝国へ帰るまでの数日間はひたすらデッドエイックの戦術を学んだ。



 その中で最も重要なものが『第一に兵站、第二に士気、第三に作戦』である。



 兵站とは武器や食料などの物資を補給したり、道具の修理や整備を行ったりする後方支援の総称だ。もちろん僕らはたった四人だけのパーティーなので大掛かりな補給部隊は必要ないし、欲しても実現できない。

 だから補給をなるべくしなくて良いように武器や食料の準備を入念に行った。武器や防具は予備を複数用意し、食料は保存食を大量に持った。また、魔物は水中にはほとんどいないため、川で食用の魚を捕獲しやすい。保存食をなるべく消費せずに進んでいくためには川沿いを通るのが最善だ。

 こうして僕らはサンレモ川沿いを進むルートを選び、食料の不安はほぼなくなった。トマーノの町を出発してちょうど二十日経つが、保存食には手を付けずに済んでいる。



 次に士気。これに関しては特に言うことがない。僕らは赤い鎧への復讐に取り憑かれている。戦うこと、勝つこと、進むことへの士気は抜群だ。それでいて仲間への敬意を持っている。唯一欠点を挙げるとすれば、自分の命を捨てることすら何とも思っていないことくらいか。目的を達成するためなら、ガンドフもスカイラーもドナも自分の命など平気で投げ出すだろう。僕もそうだ。


 明るく、強く、仲間を大切にし、士気も高い。なのにどこか危うい。それが僕らのパーティーだ。



 そして作戦。このパーティーにおける僕の存在意義と言い換えても構わない。戦闘では役に立たない僕の役目は作戦を立てることだ。

 まずは皆の長所を活かす。


 直接戦闘が得意なのはガンドフだけだ。

 だから前線に立ってもらい、壁役や囮など危険な仕事を頼むことが多い。魔術を使うことが困難な場所では先頭に立って戦ってもらう。僕らのパーティーは奇襲に弱い。対策はあるが最後の切り札だ。なるべくなら赤い鎧戦まで切りたくない。そう考えると奇襲に対して武器を持って瞬時に応戦できるメンバーはガンドフしかいないのだ。スカイラーがいるため出番はあまりないが、突発的な出来事への対応を任せられるのは彼しかいない。


 遠距離攻撃ならドナの右に出る者はいない。

 僕たちのパーティーで唯一宙源石を取り入れていて、魔術が使える。さっきのように魔物の大群も殲滅できるし、空中にいる鳥型の魔物を撃ち落とすことも可能だ。ただ、魔術は無限に撃てるわけではない。現在のドナの場合、今日撃ったような大きな魔術なら一日に三発が限界である。威力を抑えれば撃てる数が増えるがそれでも二百も三百も撃てるわけではない。状況に合わせて最適な威力の魔術を振るってもらう。

 


 魔物使いのスカイラーは従えている狼の魔物による索敵と、大王亀による輸送が唯一無二だ。

 狼の魔物はスカイラーと昔から一緒にいる相棒のような存在。その鼻は鋭敏で、かなり離れた場所にいる魔物の匂いも察知する。敵の居場所を知るのに最高の力を発揮してくれる。さらに素早い身のこなしで戦闘にも参加するし、スカイラーだけは狼の背に乗せてもらって移動も可能だ。


 大王亀は僕たちの旅になくてはならない。僕たちは亀の甲羅に乗って旅をしているからだ。大きな甲羅の上に板を張って平らに仕上げている。そこに簡易的なテントを建てて眠ったり、大量の道具や食糧を運搬したりもしている。加えて大王亀は二段階の魔物でも強い方の種であるため、魔物もあまり襲ってこない。襲ってくる魔物は群れを成しているか大王亀より強いかのどちらかだ。



 そんな三人を最大限活かすのが僕の役目だ。効率よく魔物を倒したり、皆の力を発揮できる状況を作ったりするよう考えて実行する。安全なところから指示を飛ばすという指揮官だ。戦場に出ていないという負い目があるからこそ、決して手は抜かず考え抜くようにしている。


 次はいよいよ三段階の魔物との戦いになる。大きく深呼吸をすると宙源石に向かって皆を呼んだ。


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