19.転生者の戦い2(ザハールside)


 六日目。


 足が痛む。


 今日はワニのような魔物に襲われた。しかも三匹同時に。魔粒子は感じなかったから恐らく二段階だろうが、長さは十メートル近くありそうな大物だ。イメルダが二匹を相手にしている間、オレがもう一匹を倒すことになった。


 イメルダは順調そうで、適度に距離を取りながら矢を何本も刺していく。最初は矢なんて効かないんじゃないかと思ったが、十本も当てるとさすがの巨大ワニも動きが鈍ってくるようだ。分厚い皮膚を貫き、的確にダメージを蓄積させた次は、皮膚の薄い腹を狙う。無駄のない動きのように見えた。

 イメルダが二匹を始末するのは時間の問題だろう。



 対するオレはどうか。


 一匹相手に歯が立たなかった。一度斬りつければ勝てるはずの戦いなのに、二段階の魔物相手なのに、だ。オレの剣より速く牙や爪の攻撃が飛んでくる。躱したり捌いたりするのが精一杯で、反撃の余裕なんてありゃしない。しかも力が強い。一度剣で攻撃を受け止めると、手が痺れてしまう。

 イメルダはひとりで二匹を相手にしているんだ。


「クソがああああ!!!」


 叫びながら斬りかかるが、爪によって弾かれる。


 もっと剣術に才能があれば、宙源石を取り込めていれば、などが頭をよぎったがそんなことを考えたって何も生まねえ。落ち着いてデカワニに剣を浴びせないと。



 しばらく回避に徹していると、ワニの爪が大振りになった瞬間があった。オレは疲労し始めた足に力を込めて一気に踏み込み、ワニの背中に斬りつけた。

 やった、と思ったがダメだった。オレの剣術レベルでは体勢の整っていない状態でワニの皮膚を切り裂くことはできなかった。

 人間でいえば皮が剥けた程度。これでは毒を回らせることはできない。さらに着地で姿勢を崩したため、ワニの巨大な口がオレの目の前に来る隙まで与えてしまった。


 イメルダはまだ戦っている。二匹が相手だし、さすがにオレを助ける余裕はなさそうだ。ワニが口を開ける。オレは全力で横に飛んで躱そうとした。


 激痛が走る。

 躱しきれずにワニの牙がオレの左足を噛んでいた。剣を振ってワニからは逃れたがダメージは大きく、走るのも覚束ない状態だった。


 呼吸を整えて立ち上がり剣を構えるが、踏ん張りがきかない。呼吸が苦しい。そのまま爪の攻撃を受け流せずに吹っ飛ばされた。


 何度目だろうかわからないことを覚悟した。


 殺される。


 ワニはオレを睨んでいる。睨みながらオレの方へとゆっくりと身体の向きを変え。


 そして口から血を吐いて倒れた。




「何が起きた?」


 しばらく呆然としていたが、声を出さずにいられなかった。巨大ワニが急に倒れた。目からも血を流している。目に光がないことからも絶命したのが見て取れた。


 これは、オレの毒だ。



 ワニがオレを噛んだから毒に冒されたってことだ。それにしてもあの巨体の割に、毒の周りが早かったように感じる。斬りつけるよりも口から摂取する方が効果の高い毒なのか。


 呼吸を整えながらイメルダの方を向くと、ちょうどワニの喉に矢が刺さったところだった。もう一匹は大量の矢を受けて既に死んでいた。

 イメルダが二匹の敵を倒す間にオレは一匹しか倒せないことが事実として残った。もちろん多少の悔しさはある。異世界から来ておいて大した能力もないまま仲間の足手纏いになり、剣術も未熟で、ケガをしながら偶然勝った程度の実力しかない。イメルダの強さに感謝と嫉妬の両方を抱いていた。




 しかしオレは自分の持つ毒に新たな可能性を感じ始めた。



 魔物の身体を傷つけるよりも、口から毒をぶち込んでやればいい。


 魔物の身体を傷つけられなくても、最悪オレの身体を食わせてやればいい。


 もう少し魔物たちと戦って試してみる必要はあるものの、口から食らわせた方が毒の効果が高く早いなら、狙う価値は十分にある。もしくは自分の肉体を犠牲にすれば、今回のように逆転することも珍しくはないんじゃないか。

 オレにはイメルダの再生能力もある。致命傷でなければ一晩で大抵のケガは治るわけだし、自分の身体を食わせることは普通の人間よりリスクが低い。


 ここまで考えて、オレはもっと強くなれるかもしれないと思った。今後の課題を見つけた。魔物の口にオレの毒を食わせてやることだ。イメルダに引けを取らない実力を得たい。


 そんなイメルダだが、珍しく近付いてオレの足の傷を手当してくれた。一晩で治るということを誰よりも知っているはずなのに、防毒マスクを装着して包帯を巻いてくれた。

 包帯をしながら一言。


「助けに行けなくて悪かった」


 と謝られた。弱いオレがいけないと思っていただけに意外だった。仲間という意識を持ってくれているのが伝わった出来事だ。


 他の会話はほとんどなかったが、純粋に嬉しい。



ーーーーーーーーー



 八日目。


 今日は眠いので手短に書く。


 昨日、今日とワニ程強い魔物どころかほとんど魔物自体に出会わなかったが、一度だけ数匹の虎ような魔物に襲われた。素早く、ワニのように大きな口ではなかったため、口に剣を刺して直接毒を入れるのが難しい。手段は考えなきゃならないな。


 最終的には諦めて魔物にオレの腕を噛ませた。


 結果、斬りつけたときは数分間動き続けていたのに対し、噛ませた場合は十秒程度で動けなくなっていた。想定通りの反応で、予想以上の成果だ。


 毎回噛まれたくはないからまだまだ改善はしたいし、他の種類の魔物でも試す必要はあるから素直に喜ぶには早いけど、一歩前進だ。


「噛ませれば毒の効果は早まる」


 これが真実味を帯びてきたのだから。



 旅としては予定の倍近く進んで、町に到着した。


 正確には「町だった廃墟」に着いた。


 数年前に魔物に襲われたようで、住んでいる人はゼロ。意外にも原型を留めている建物もある。魔物は近くにいないようだ。だが周囲には薄いながらも魔粒子が立ち込めており、そう遠くない位置に守護魔がいるだろうと予想できる。

 英気を養うため、廃墟となった建物の一室を拝借してベッドで寝る予定だ。汚れてはいるが地面で寝るよりは遥かにマシだろう。


 オレたちは一応二人旅なので、寝るときも交代で見張らねばならない。必然的に半分の時間しか休めないことになる。

 また、イメルダは弓使いだが、持ち運ぶ矢の数に限界がある。木を切り出したり削ったりして矢を補充する時間も必要だ。

 オレはオレで剣の訓練や毒の効果的な使い方を練る時間がほしい。だから多めに休息を取るべきだとイメルダが進言してくれ、その通りにしてきた。

 おかげで体調は問題ない。ケガもしっかり回復している。



 何となく嫌な予感がする。


 もしかしたら近いうちに三段階の魔物と戦うことになるかもしれない。試せることは早いうちに試しておかなければ。


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