18.転生者の戦い1(ザハールside)


 二日目。


 魔物の領地に足を踏み入れた。町を追放されてぎりぎりの生活をしていたとき以来だ。


 懐かしい思いなんてこみ上げてくるはずもない。あの頃は一時間おきに生きたい気持ちと死にたい気持ちが交互に押し寄せてきていた。所謂「精神的に参っていた」状態だ。あのときの方が毒で苦しんでいるよりも辛かった。


 どうもオレは痛みや苦しみよりも、誰からも必要とされていない方が辛いと感じるタイプらしい。



 だが今は明確にやるべきことがある。死にたい気持ちは嘘のように消え去った。


 地球にいたころ、人生の先輩たちから「目標を持て、やるべきことややりたいことを明確にしろ」と散々言われてきた。オレは目標持ったからって別に大して変わんねえよ、と思っていた。


 それは間違いだった。


 心から思っている目標であれば、行動の原動力どころか、生きる希望にだってなる。


 魔王を倒すのだ。魔王を倒すまでは生き延びてやる。



 イメルダは本当に無口で、昨日一日ほとんど会話をしていないが、今後もっと話していけるようになりたい。


 一度だけ数匹の魔物に襲われたが、無言でイメルダが撃退していた。


 弓の腕は本物だ。


 頼もしい。



ーーーーーーーーー



 五日目。


 前回これを書いてから三日経っちまった。毎日書くようにしたいんだがな。


 それは置いといて、今回はイメルダと旅を始めてからの感想を書こうと思う。




 結論から言うと「二人旅が始まったのに、まるでひとり旅をしているみたい」だ。


 理由は簡単。イメルダが常に十メートルは離れているからだ。


 必要なとき以外近付いてくることもなく、ただオレの前を進んでいる。魔物に支配される前に使われていた街道を進んでいるだけだから見失ったりはぐれたりするような心配はないんだが、会話もない。


 イメルダが距離を置く原因はオレの体質だ。


 オレが嫌われてないと信じたいだけなのかもしれないが。オレは毒の効かない身体を手に入れただけじゃなく、自分の体内に毒を持つようになった。それも何種類もブレンドされた「超」がつくほどの猛毒だ。毒が裏返る、なんていうこともない。

 オレの血を塗った剣で魔物を傷つければ魔物だって数分で死に至る。それほどの毒だ。


 しかもフリストスはオレの体内にある毒は食後に活性化すると言っていた。食事をしてから二時間程度は、オレの吐く息までもが猛毒になるらしい。


 確かにフリストスの実験台になって以降、オレは誰とも食事を共にしてもらったことがなかった。とんでもない身体になったもんだ。




 ああ、だからといって別にこんな身体が嫌ってわけじゃない。


 むしろ魔物すら殺す毒を体内に持っているというのは、オレにとって「誇り」だ。


 せっかく異世界に来たのに、何もできず何も成せないことの方がオレの中では遥かに辛く恐ろしいことだった。今のオレは魔物の身体に傷さえつければ倒せる。偉大な剣士になった気分なんだ。


 魔物のほとんどは前衛のイメルダが倒しちまうんだがな。


 そもそもオレは勘違いしていた。完全に前の世界で小説を読み過ぎたのが仇になっている。


 弓って剣士とか兵士とかの後ろから射撃する援護部隊のようなイメージを持っていたんだ。後衛職って言うのか、剣士や槍戦士を後ろからサポートするって思い込んでた。



 実際は逆なんだよな。まず遠距離から弓を射かけて、相手がダメージを負ったり混乱したりしたあとで近接戦闘部隊である剣士たちが斬り込むんだ。戦いの口火を切るのは弓兵の方が多いってこった。



 先日、オレを前衛にして後ろから援護してくれって言ったが短く断られた。


「ダメ。仲間が前にいると撃ち辛い」


 ってわけでほとんどの魔物はイメルダが処理し、討ち漏らした僅かな魔物をオレが倒す形が定着し始めている。この五日で戦ったのは蛇の魔物と矢の効果が薄かった骸骨の魔物くらいだが、一匹ずつならオレ程度の剣術でも十分戦えることもわかった。

 何と言ってもオレの毒によって一度斬りつければほぼ勝ちが確定するのが大きい。


 すぐには絶命しなくとも、明らかに敵の動きは鈍る。


 しかもオレに相手の毒は効かない。怪我をしてもイメルダの再生能力を取り込んだおかげで一晩あれば大抵の傷は回復できる。戦いの出番は少ないが、オレの自信に繋がっている。




 現在の懸念点は二つ。ひとつ目はより大きな、より強い敵にもオレの毒は通用するのかということ。


「地味だがもっとも効果的な攻撃は毒である。ひとたび全身に毒が回れば再生能力があろうと関係なく体を蝕み死に至るはずだ。再生できるという四段階の魔物、つまり側近だろうと魔王だろうと理論上は倒せるのだ」


 フリストスはそう教えてくれたが、オレは自分がそこまで恵まれているなんて思っちゃいない。魔王ともなれば全身に毒が回る前に対処するはずだし、そもそもオレが魔王に傷を負わせられるかもわからない。

 そう考えておいた方がいい。


 世の中はそんなに都合よくできちゃいないんだ。「自分に都合のいい世界であってほしい」と願う奴ほどそいつにとって都合の悪い世界が訪れる。

 オレが前の世界にいたとき、身をもって知ったことのひとつだ。


 とにかく、この世界でも毒は万能ではないと考えた方がいい。

 毒が魔王を倒せるほど強かったら、もっと毒について研究している人がいてもおかしくないはず。でも毒の研究をしていたのは、オレの知る限りフリストスただひとり。


 少なくとも毒「だけ」では魔王を殺せない。


 だからカギになるのはイメルダだ。イメルダには今のところ拒否されているが、イメルダの矢にオレの毒を塗って攻撃すれば、文字通り逆転の一矢となるはず。


 なぜイメルダが拒否するのかはわからない。


 毒攻撃が卑怯であるとか、過去に毒で苦しんだ経験があるとかではなさそうだ。もし毒に拒否反応があるのなら、そもそも毒を研究しているフリストスなんかの側に一年以上も滞在しないはずだからな。

 今のところオレに頼ることをあまりしたくないような印象だ。


 たぶん嫌われていない、と思う。そうであってほしい。イメルダは自分の弓の腕だけでどこまでいけるか試している。だからオレの毒に頼りたがらない。そんな印象だ。そうであってくれ。


 気持ちはわからなくもないが、魔王を倒すためには手段を選んでいられないってのも事実。


 機会があったらもう一度お願いしてみるとするか。


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