17.冒険者の目標2(レベッカside)


 ボス、正式には守護魔というが、それは青色の蠍(さそり)だった。残念だが人間の土地でみかけたような手のひらに乗る大きさではない。尻尾を上げた高さは私の身長を軽く超えていて、両手のはさみは人間を一撃で両断できるようなサイズだ。

 そのくせ動きは先程の虎のような魔物よりも速い。まだ距離があると思っていたらあっという間に距離を詰められた。蠍のはさみが迫ってくる。


「かなり、速いですね」


 左右のはさみを躱しながら剣を振り抜く。岩に当たったような音がして弾かれた。


「しかも硬いようです。どうします、今回は全員でやりますか?」


 私は後方に待機している三人へ声を飛ばす。これまで守護魔とはひとりで戦ってきたが、今回は攻撃、防御、速さすべてにおいて一段上の実力だ。ここは皆と一緒に戦って、連携の大切さを教えておくのもいい機会かもしれない。


 しばらく三人の返答を待ったが、誰も私に反応してくれない。背後に皆の気配はあるのに。隙を見て振り返ると、オスカーがミラとアデリナに土下座していた。


「頼む! 今回は俺に戦わせてくれ!」

「いいよーー、アデリナはここで待ってるーー」

「あの蠍、気持ち悪いから全然任せるっしょ」

「そこを何とか! これからは俺も戦いたいんだ」

「だからいいよって言ってるっしょ」

「そんなことを言わずに、戦わせてほしいんだ」


 よくあいつと何年も一緒に過ごしてきたな。会話になってねえぞ。二人とも戦っていいって言ってるのに何で断られていると思ってるん?


 体勢を立て直した蠍が私にはさみを振るう。刃の部分は避けたが、蠍の素早い腕の動きにぶつかり吹っ飛ばされた。木に当たって身体は止まるが、痛みはある。


「うわーー、レベッカ痛そーー。でもアデリナ分かっちゃった。あの蠍は動きが遅いし、実は身体が柔らかいから、切れば一発だよーー!」

「あははははははは! さっきレベッカが言ってたのと逆だし。あの蠍見てその発想、アデリナは天才っしょ!」

「へへへ、やっぱりいーー?」

「頼む、戦いたいんだ」


 拝啓、フェイルーさん。川岸で倒れていた見ず知らずの私たちを育ててくれてありがとうございます。私たちは夢を叶えて冒険者になりました。でもできたらひとりで旅してもいいですか?


 目の前に蠍のはさみが来ている。私は身を屈めて躱す。上に気配を感じてさらに横へ飛ぶ。私がいた場所に蠍の尻尾が突き刺さる。巨体に似つかわしくない滑らかな動きで私にはさみをもう一度突き出してくる。それを剣で跳ね上げる。

 倒す気で戦わないとそろそろ限界だ。毒を打ち込まれたり、身体を両断されたりしたらさすがに生きていられないだろう。


 今回は私が……。


 いや、そうじゃない。私が皆に目標を設定していないからいけないんだ。進む方向を決めるのはリーダーである私の役目だ。


 皆で旅をするって決めたんだから、皆で乗り切りたい。そのためには全員で成長しなくては。

 私は全力で蠍から距離を取り、オスカーの頭に手を置いた。


「この敵はオスカーに任せます。危険そうだったら私たちも加わります。いいですね?」


 オスカーが私を見上げる。ポカンとしていたが、すぐに私の言葉の意味を理解したらしい。笑顔で頷くと立ち上がって力強い目で蠍の方を見た。


「レベッカ、ありがとう。俺の戦いを見ていてくれ。そして俺がピンチだったら遠慮なく三人で助けてくれて構わない」


 微妙に格好のつかないことを言いながらオスカーが向かう。ちょっと物足りないけど頼もしい彼の背中を追った。



「ねえレベッカ、オスカーって剣持ってないけど平気なの?」


「え?」


 あ、やべえ。ちょっと足りないの剣だったわ。


「たしかにーー。オスカーも剣上手だけど素手も得意なのーー?」


 ミラとアデリナの言う通りだ。オスカーの能力は剣の周りに見えないエネルギーみたいなものを纏わせて切れ味をアップさせるものだった。剣なしでどうする? 私の剣を貸すか?

 ダメだ。オスカーはもう蠍の間合いに入っている。


「助けに行きましょう!」


 私たちが駆け出そうとしたその瞬間。


 オスカーはまるで剣を持っているかのように両手を振り抜く。


 同時に蠍の片腕が身体から離れて飛んだ。すぐさま蠍の背に飛び乗ると、もう一度何も持っていない手で素振りをする。今度は蠍の尻尾が地面に落ちた。続けて蠍の背中に剣を突き立てるような動きをする。


 その動作で蠍の背中から体液が吹き出し、しばらく腕や足を動かしていたが、やがて力尽きたのか倒れ込んだ。

 本当に一瞬の出来事だった。




 無手で蠍の背中に立つオスカーに近付くと、私は声をかけた。


「素晴らしいです、オスカー。助かりました」


 オスカーは照れたように頭を搔く。


「まあ、これからも出番があればこんな感じで俺も戦うから」


 はにかんだ笑顔に少し胸がときめいたことは内緒にしておこう。それよりも気になったことがある。


「さっきのオスカーの技ヤバいっしょ。何なのあれ?」


 ミラが私より早く話しかける。


「いつも通りだけど。何か違った?」

「いやいや、オスカーの技って剣に何かよく切れる力をつけるやつっしょ。今は剣持ってないじゃん」

「剣持ってなくてもできるよ」

「うそっ!? 初めて知ったんだけど」


 私も初めて知った。オスカーの能力は剣の切れ味を強化するわけじゃなかったのか。


「じゃあ何でオスカーは今まで剣を使ってたんですか?」

「だって、剣を持ってないとフェイルーさんに「剣の練習してないのか、暇そうだな」って農作業手伝わされるから」

「それだけですか?」

「うん」

「じゃあオスカーの本当の能力って」

「見えない剣を作ること」


 驚いた。私たちはオスカーの能力を勘違いしていたのだ。これならば剣を持っていなくても戦える。剣を置いてきたのはただのアホではなかったということか。しかも見えない以上、剣の長さや動きが読みづらい。さらに切れ味も私たちの持っている剣を遥かに凌ぐ。

 もしオスカーが水たまりで遊んでいるところを狙われたとしても、この力があれば十分対応できるだろう。


 私たちの旅がより盤石になった気がする。ここで一気に結束を高めに行くのが優秀なリーダーだ。


「さて、この土地も魔粒子が消えて人が住めるようになるでしょう。オスカーのおかげで魔物から取り戻した土地はこれで四ヶ所目です。ここで皆さんに提案があります」


「えーー、水汲み当番変えるのーー?」

「あたしと料理勝負でもすんの? いいよ、罰ゲームは自分の恥ずかしい話でオッケーっしょ」

「いよいよ泥団子の真髄が語られるわけか」


 甘いよ諸君。そんないつもの手で今日の私が脱線をすることはない。


「冒険者になって一ヶ月。今回は私たちの「目標」を決めたいと思っています。今までは色々なところをあてもなく歩き回り、守護魔を倒してきました。ただ、このままでは広い大陸で守護魔と戦うだけになってしまいます」


「それはそれで楽しいけどねーー」


「はい、悪くはありません。ですから守護魔を倒すことは継続していいと思います。私が決めたいのは「目標」、言い換えるとこの冒険で達成したいゴールです。ゴールを決めれば旅の方向や私たちの行動も明確になるはずです」


「目標を達成したら冒険が終わるのは俺としては嬉しくないんだけど」


「達成したらまた次の目標を立てればいいだけですから、全員が気の済むまで冒険できます」


「なら俺は目標決めるのに賛成だ。でレベッカ、どんな目標にするか考えてるんだろ?」


「はい。砂漠と言われる見渡す限り砂の平原とか、大陸一高い山とかの場所へ行くことも考えました。ですが、場所に着いて目標達成だと味気ないと思い却下しました。宝物探しも楽しそうですが魔物の領土となった今ではヒントになる資料が見つかるかどうか。

 そこで、目標は「魔王をぶっ倒す」にしたいと思います!」


 指を一本前に出しながら宣言する。


 しかし、反応がない。あまりいい目標ではなかったか。


「かっこいいーー! さんせーー!」

「レベッカなのにいい目標っしょ!」

「さすがは泥団子のレベッカだ!」


 おいオスカー、そういう二つ名はやめろ。あとミラ、なのにって何だ。

 だが、皆に受け入れてもらえたようだ。単純なメンバーたちで良かったと思う珍しい日だ。


 ひとしきり全員で目標を咀嚼し、方向性を決めた後にアデリナが発言する。


「魔王ってさーー、三人いるんでしょーー? 誰をぶっ倒すのーー?」


「実はもう決めてあります。魔王は大陸の西の端で誕生し三方に分かれて東へ攻めてきたそうです。

 北のルートは「赤い鎧」という魔王。

 中央を「黒い牙」。

 南のルートは「黄金の眼」。

 この三体がそれぞれ進軍して来たとのこと。私たちの村は大陸の南寄りにあります。だからまずは西へ進み、南方を支配する「黄金の眼」をぶっ倒します」


「なるほど。近いヤツからやるってことだな」

 オスカーが深く頷く。


「じゃあ西へ向かえばいいのか。分かりやすくていいっしょ」

 ミラは腕を回している。


「ウェーイドゥー!」

 アデリナは飛び跳ねる。


 これで目標は決まった。今までも順調だったけど、オスカーが戦いに参加してくれてより強固になった。目標も決まったから私たちはさらに強くなるだろう。


 楽しみだ。


 こうして私たちは黄金の眼をぶっ倒すという目標を定めたことを祝って酒盛りをし、眠りについた。


 見張り番だったミラも寝ていたので、私が叩き起こした。


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