16.冒険者の目標1(レベッカside)


「皆、ちょっとこっちへ来てくれないか? 大事な話があるんだ」


 オスカーが唐突に話しかけてくる。


 しかしちょっと待ってほしい。


 今は戦闘中だ。


 五十匹を越える虎のような魔物に襲われている。私だけじゃなくミラもアデリナもオスカーを相手にしている暇はない。


「なになにーー? 気になるーー」

「大事な話なら聞くしかないっしょ」


 戦いの手を止めてオスカーの元へ向かうミラとアデリナ。そんな暇ないだろ。戦闘中なのに、どうせ碌でもない話なのに。


 いや、意外性のあるオスカーだ。もしかしたら案外魔物たちの弱点に気付いた、みたいな話かもしれない。


「ついに俺の作っていた泥団子が完成したんだ。見てくれ」


 やっぱり違った。オスカーはオスカーだ。しかもその泥団子って冒険者になった日に作っていた物じゃないか。あれから一ヶ月過ぎているのにまだ持っていたのか。


 私を囲もうと同時に飛び掛かってきた四匹の魔物を斬り伏せる。続けてオスカーたちに迫る魔物の前に立ちはだかり、先行してきた二匹の首を斬った。




「……その段階で乾いた土をかけて、水気が出てきたらまた乾いた土をかけて、という作業を何度も何度も繰り返すんだ。そのあとは乾かすんだけどここが結構繊細でさ」


「ふーん」

「へー」


 真面目に解説をするオスカー。


 爪をいじるアデリナ。


 髪の毛を指に巻きつけているミラ。


 ほら、ふたりとも全く興味ないじゃん。さっさと戦いに戻ってほしい。さすがに私ひとりでは手が足りない。


「早く戦いに戻ってください。一斉に来ます!」


「そうだねーー。ごめんレベッカーー」


 アデリナが剣を構えて戦線に戻る。私と反対側の魔物と対峙する。複数の敵がいるときのアデリナは頼もしい。素早く駆け回りながら剣を振ると、虎のような魔物が次々倒れていく。


「一気に行くよーー」


 アデリナがいつもより低い体勢で上段に剣を構える。


「七方斬りっ!」


 アデリナが小さな身体で剣を上から降り下ろし、正面の魔物を斬った。


 それからほんの一瞬だけ遅れて周辺にいた魔物たち六匹が両断された。


 これがアデリナの剣技「七方斬り」。


 一振りで剣の軌道と同じ太刀筋を他に六ヶ所、合計七つの斬撃を周辺に放つ。大群相手には恐ろしいまでの効果がある。アデリナにしかできない技だ。

 あとは早かった。アデリナが黒いワンピースを靡かせて敵の群れを駆け抜け、あっという間に魔物を倒した。私はちょっと離れたところにいる魔物を倒すだけ。それほどの時間をかけずに私たちを襲ってきた魔物は掃討された。


 ミラも途中から加勢したそうにしていたが、オスカーによる泥団子の解説講義から逃れられなかったようだ。ミラはともかくオスカーもいい加減戦闘に参加してほしいのだが、果たして聞き入れてくれるか。


 私は剣を収めてオスカーに近付く。ミラはもはやオスカーの方を向いてもいないのに、泥団子を片手に説明を続けていた。

 そこで私は気付いた。



 泥団子の作り方、まるでなっちゃいねえぞコイツ。



「オスカー! 何なんですかその泥団子は。一ヶ月かけてそれでは泥が泣きますよ! これはまず乾かし方が問題です。何が問題かというと急激に乾燥させすぎなのです。日陰でゆっくり乾かさないとひび割れたり仕上がりが悪くなったりするんです。風を当てて乾かすなんてもっての外。それから表面にまぶす被膜もいけません。もっと目の細かいものをまぶさないとほら、表面に凹凸ができてしまっているでしょう。乾いた泥に手を突っ込んでそのまま手を引き抜くと泥の粒で手が汚れますよね。それくらい小さな粒でいいんです。その汚れをまぶすくらいで丁度いいんです。まぶすのもちゃっちゃとやってはいけません。時間をかけてそれこそ一時間くらいかけてじっくり表面に被膜を作っていかなければならないのです。わかってますかオスカー、さらに」


「レベッカが何を言ってるのかわかんない」

「アデリナもわかんなーーい」


 ふたりの声を聞いてはっと我に返る。あまりにも泥団子のクオリティが低かったせいでついお説教をしてしまった。いや、オスカーに何か話すつもりだったのは間違いない。でも何を話そうとしていたんだっけ。


 忘れた。


 泥団子に夢中で話すことを忘れるなんてリーダーとして未熟だ。思い出せレベッカ、あなたは才女。さらに見た目もスタイルも性格もいい。モテる! 思い出せる!


 あ、無理そう。泥団子を上手く磨くコツばかり浮かんでくる。オスカーがずっとこっちを見ているというのに。どうにかしてリーダーとして相応しいことを言わなければ。


「レベッカ。俺」


 オスカーが口を開いた。


「俺、レベッカのこと誤解してた。いつもモテることばかり考えてて説教がやたら長くて天然ボケなアホだと思ってた」


 コイツ一度斬ろうかな。


「でも、違ったんだな。こんな俺の作品にアドバイスをくれる。しかも的確だし、具体的だ。俺、目が覚めたよ、レベッカって凄いヤツだ。こんなに泥団子に詳しい冒険者のリーダーは大陸のどこにもいない。レベッカに付いてきてよかったって心の底から思える。これからは俺ももっと泥団子のために協力するよ。戦闘にも参加する。だから泥団子のこともっと教えてくれ。今まで悪かったよ」


「オスカーも戦うってーー。楽しくなりそーー」


「あたしの負担も減っていいことっしょ。やるねえレベッカ」


 オスカーが目を輝かせて私を見る。アデリナもミラも何か納得している。


 同時に言いたかったことを思い出す。オスカーにも戦闘へ参加してもらおうとしていたんだった。




 ということはもしかしてこれで万事解決?


 意図していた話はできなかったし、パーティーのためじゃなくて泥団子のためなのはちょっと複雑だけど。だが、オスカーは今後戦闘に加わってくれる。私がした泥団子のアドバイスを褒めてくれたのも地味に嬉しい。私をリーダーとして認めてくれているような気がした。


 ならば今しかない。この冒険の目標を全員で決めるのだ。


「皆、私から話があります。この冒け……」

「あ、魔粒子が濃くなってきた。これはボスが近くに来てるっしょ!」



 タイミングが難しい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る