15.最大戦力の出陣2(ヴァレンティナside)


『ツヴァイ・ヘルト』と称されるネア・マクリ帝国二人の英雄。

 デッドエイック将軍と並ぶもうひとりの英雄。

 デッドエイック将軍が戦術の英雄なら、彼は戦闘の英雄。


「私からは何も言わない。自分の口で説明しろ」


 デッドエイック将軍に促された青年は軽く頷くと笑顔で爽やかな声を響かせた。


「帝国特別部隊の隊長、そして今回の討伐部隊のリーダー、マテウスです!」


 大きかった歓声がさらに膨らむ。拍手と足踏みによる地鳴りで空気までもが震えた。間違いなくデッドエイック将軍より、ネアトレス皇帝よりも人気があるだろう。


 食事でもできそうなほどの時間を待ち、聴衆が静まってからマテウスは話し始めた。

 

「帝国特別部隊はデッドエイック大将軍によって創設された、魔物と戦うことを専門とする部隊です。俺とベルナルド、シンティアは帝国特別部隊で技を磨いてきました。ルアンは俺が見てきた中で最も優れた魔術師です。それに加えクラッスス教会の精鋭たちまで協力してくれている。魔王と戦うのに、史上最高の戦力だと確信しています!」


 会場が再び盛り上がりを見せる。マテウスは歓声を気にせず続けた。


「皆さんのため、この国のため、人類のため、必ず魔王「黒い牙」を討ち果たして来ます! 行ってきます!」


 短くスピーチを終えると、デッドエイック将軍がマテウスに近付き、宝剣「破邪」を手渡した。何か言葉を交わしていたようだったが、歓声のせいで聞き取ることができない。それほど聴衆のボルテージは最高潮だった。


 私は出発式典が無事終わったことに安堵し、すぐに気持ちを切り替える。

 ここからが本当の戦いだ。魔王討伐への出陣に思いを巡らせる。


 全員が魔粒子耐性持ち。


 全員が宙源石を吸収した能力者。


 英雄マテウスが言ったことは嘘ではない気がする。



 これが世界の最高戦力だ。



ーーーーーーーーー



 馬車に揺られて進む。


 式典を終えた私たちは二台の馬車に分かれて帝国領を西へと六日。首都オレスティアダはネア・マクリ帝国の中央よりやや東部にあり、魔物の領地と接する西側国境までは馬車で七日程かかる。街道は整備されていて途中に町も点在しているため、休息や補給に困ることはない。ここまでの六日間も順調であった。


 さらに今回の討伐隊は馬車で進軍していくため、御者たちも魔物領に同行することになる。クラッスス教会からの戦士が四名、ネア・マクリ帝国からの戦士も四名、そして二台の馬車それぞれの御者が一名ずつ、計十名で魔物の領地へ乗り込む。

 御者は馬車の操縦だけでなく身の回りの雑用や料理など行うが、もちろん戦闘には参加しない。そして彼らも馬まで含め魔粒子耐性持ちだ。私たちの乗る馬車を操るのはテオというまだ十代の無口な少年で、帝国兵の乗る馬車はエレナという四十代のふくよかな女性が御者を務めている。彼らは危険を顧みず旅のサポートをしてくれるのだ。期待に応えなければならない。




「帝国の皆さんもいい人ばかりでよかったですね」


 ソルの声に思考が中断される。馬車の中は私とソル、ロレンゾにギレェメの四人が乗っている。この数日でかなり全員打ち解けてきたように感じる。特にソルは最初は男性の性欲処理役かと思っていたがとんでもない。教皇聖下直々のご指名だそうだ。私は自分の浅はかな考えを恥じた。


「ああ、この討伐隊で仲間割れでもしたら帝国のやつら自身も魔物の脅威に晒されるからな。例え何か思惑があったとしても、今回はさすがに大人しくしているだろう」


 私が答えるとソルは笑った。


「そうですよね。ルアン君もシンティアさんも優しいし、マテウスさんもベルナルドさんも頼りになるし。昨日の作戦会議も和やかで安心しました」


「ベルナルドが頼りになるかどうかは知らんが、他は私も同意だ。明日はいよいよ魔物の領地に入る。その前に各自の戦闘スタイルを確認できたのはよかった。本当は宙源石の能力も把握しておきたかったのだがな」


「そういうのって秘密にしておくものではないんですか?」


「もちろん秘密にするやつは多い。強力な切り札も敵に知られたら対策されてしまうことだってあるからな。ただ今回は魔王の討伐だ。私たちを警戒するのはわかるが、連携のバリエーションを増やす方が重要ではないかと思ってな」


「マテウスさんは「能力は必要なときに使えばいいし、伝えておきたいなら伝えればいい。それは自分の判断であるべきで、人に求めるべきじゃない」って言ってましたね」


 そう、初日の会議で最初に発言したマテウスに釘を刺されてしまった形だ。そのせいで能力を尋ねることが難しくなった。せめてクラッスス教会のメンバーだけでも知りたかったが、私からリーダーの忠告を破るわけにもいかなかった。私が知っているのはロレンゾの能力だけということだ。


 いや。


「ルアンとシンティアは魔術師だから能力は判明していると考えていいのか」


「そうなりますね。私、魔術師に初めて会いました。早く魔術師の戦いが見たいです」


「戦場に思いを巡らすとは意外だな、もっと不安そうにしていると思っていた。ソルは魔物と戦うのが怖くないのか?」


「え? なんでですか? 教皇聖下から直々にいただいた使命、喜ぶことはあっても恐れることはありませんよ」


「ああ。……それはそうだな」


 私は納得した。彼女は信者なのだ。それも熱狂的な部類の。教会には自分の命を簡単に捨てることのできる狂信者に近い者がいる。熱心な信者は教皇聖下に頼みごとをされたら、人だって喜んで殺すだろう。私はその域にいない。ソルのことが羨ましくもあり、可哀想でもあった。



「ソルは若いのに凄い覚悟だな。ヴァレンティナ、わしらも見習わないとだな。まあわしの場合は寿命も短いからかけるほどの命ではないが」


 会話に入ってきたのはロレンゾだ。白く長い髭を撫でながら私に同意を求めてくる。

 ロレンゾは六十を越えているが現役の教会騎士だ。四十年前魔物に壊滅させられた騎士の生き残りである。片目はそのとき失ったそうだ。気さくな人柄で、騎士団最年長のはずなのにまるで友人のように接してくる。


「とはいえ、魔王を倒して皆で生きて帰ってくるのが一番だがね。そうしたら教皇聖下のお喜びになる姿を拝見できる。そう思わないかね、ソル」


「はい、たしかにそうですね。生き残れるようなら努力します。ただ、魔物って強いんですよね、どうなるかはわかりません」


「魔物と一口に言っても色々なヤツがいるんだ。一段階の魔物ならほとんど襲ってくることもないし、強くもない。使い慣れた武器があれば子どもでも勝てるだろう」


「一段階の魔物とだけは戦ったことがあります。私、帝国西部の方の出身なので」


「ほう。最近の若者は優秀だな。付け加えると危険が伴うのは二段階からだ。二段階とは「魔粒子を放出はしないが人間を襲う」魔物の総称で、新米の兵士でも勝てるヤツからベテランの騎士が不覚を取るヤツまで強さの幅が広い。複数人で対処するのが無難な相手だ。だからソル、常にわしらのそばにいる方がいいぞ。反対に複数の人間で立ち向かえば、言うほど恐ろしい相手ではない」


「気を付けますね」


「しかしこの討伐隊は三段階の魔物を倒す必要も出てくる。三段階以上がわしらにとって本来の敵だ。なぜか知っているか?」


「基本ですよ、ロレンゾさん。三段階以上の魔物は守護魔になり、周辺の土地に魔粒子を撒き散らすからです」


「正解だ。ソルはよく勉強している。では撒き散らされた魔粒子はどうすれば除去できる?」


「それも簡単です。撒き散らした魔物を倒せばいいだけです」


「そうだ、三段階以上の魔物は常に魔粒子を垂れ流している。それに加えて自分の縄張りに魔粒子を撒く。自分の住む土地を自分の魔粒子で覆うのだ。それを魔物の領土と呼んでいる。

 そんな魔物が撒き散らした魔粒子だが、その魔物を倒せば徐々に薄くなり、十日ほどで完全に消える。魔物から領地を取り戻すとはすなわち、三段階以上の魔物を倒すということだ」


魔粒子を土地に撒くようになったのは魔王が魔物を指揮するようになってからだ。


 私はふたりの会話を黙って聞いていた。魔粒子は目に見えないし、風で流されるようなこともない。光に近いものだと誰かが言っていた。光も見えないし風に流されないからだろう。耐性のある私たちが現地へ赴き、肌で違和感を感じるしかない。


「三段階の魔物ってどのくらい強いのでしょうか?」


「わからん。わしの目も出会い頭にやられた。後でそいつが三段階だということを知ったが、当時は強さを判断する暇もなかった」


「怖いですね。魔王や側近のような四段階なんて想像もつきません」


「そうだな。四段階の魔王や側近は肉体の再生能力もあり、我々と同じ言葉を話すという噂だ。しかしこのメンバーならもしかしたら勝てるのでは、と期待するところもある。八人全員が耐性と宙源石の能力を持っている。しかもわし自身、当時とは比較にならないほど成長したつもりだからな。

 さあ、いよいよ明日から魔物と戦うことになる。今のうちに休んでおくといいぞ」


「わかりました」


 ロレンゾは目を細めて頷くと仮眠の姿勢を取った。文字通り今のうちに休むつもりだろう。


 いよいよ明日から本当の戦いが始まる。私は毛布を被った。




「……いや、間違いない。アイツは……」


 まどろみの中、ギレェメが何かを呟いたようだったが、私の頭には入ってこなかった。


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