14.最大戦力の出陣1(ヴァレンティナside)

『ツヴァイ・ヘルト』と称されるネア・マクリ帝国二人の英雄。


 そのひとり、デッドエイック大将軍。細身で優男な外見に加え金色の鎧。青年と言っても差し支えない見た目に反して私のおよそ二倍、四十年を生きている歴戦の名将だ。


 そんな英雄からどんな言葉が出てくるのか。私を含め全員が次の言葉を待った。




「私の目的は魔物をこの大陸から一匹残らず殺すことだ」


 会場がどよめく。しかし英雄は構わず続ける。


「私は物心ついたときから魔物の存在を知っていた。最初は遠く離れた西の端での話だが、私にとっての世界とは魔物が存在するのが当たり前のものだった。徐々に魔物が自分の国に迫ってきていると知り、当時見たこともなかった魔物に恐怖した。親が傍にいないと眠れない臆病な子どもだった」


 黄金の甲冑が擦れて小気味いい音を鳴らす。


「しかし、五十年以上前は魔物などいなかったという!

 私の知らない世界が、魔物のいない世界が五十年前にはあったのだ。

 その事実を知ったとき、私は決めたことがある。

 魔物のいない世界を造りたい。魔物をすべて倒して、人類と多くの動物や植物たちが暮らす世界を見てみたい。そのためにはどんなことでもしよう。そう決意したのだ」



 優しい声から紡がれる、苛烈な意志を誰もが感じていた。


「だが、現実はうまくいかなかった。

 私にはな、魔粒子耐性がなかったのだ。魔粒子耐性のない者は魔物の領土内で戦うことができない。

 私は落ち込んだ。そんな少年時代の私に父は言った。戦い方はひとつではない。自分の戦いをすればよい、剣を振るうだけが戦いではないと。

 それをきっかけに私は戦術や用兵術、対魔物術を学び始めた。戦争のない時期は身分を隠して他国へ行ったこともある。もちろん戦術を学ぶためだ。

 見知らぬ青年に乞われて戦術を教えたこともある。教えることで自分にも新たな学びがあるからだ。

 学び、実践していくうちに戦いに勝てるようになり、いつしか私は大将軍となり、英雄と呼ばれるようになった」


 一歩前に出て腰に差していた剣を抜いて掲げる。


「本来ならば私がこの宝剣「破邪」を持って魔物を打ち払いたかった。

 大陸中央部を進軍する三大魔王のひとり「黒い牙」をこの手で斬りたかった。

 黒い牙唯一の側近「鉄塊大蜥蜴(てっかいおおとかげ)」を地獄に送りたかった。

 そのためなら命など惜しくはなかった!」


 剣を下ろし、話を続ける。


「現実はそうならなかった。耐性のない者が魔物の領地に行けば、役に立たないどころか足手纏いにもなる。限られた人間にしか入れないのだ。我々の土地で迎え撃つことはできるが、魔物の土地に攻め込めるのはごく僅かの者たちだけ。魔物に対して人類が優位に立てない要因のひとつだ。

 昔は魔王自ら攻め込んできていたが、二十年ほど前からは手下の魔物を積極的に使っている。この行動は人間側としては一長一短だ。魔王と直接戦わなくて済むため、撃退は可能であることが良い点。魔王が魔物の領土にいるため、敵陣の奥深くまで攻め込まなければ倒せないことが悪い点だ。

 この手で魔王を倒したかったが、私では、もう、届かないのだ」


 デッドエイック将軍から無念さが伝わってくる。常勝不敗の男は本当なら戦場で魔物を斬りたかったのだろう。しかし皮肉にも魔粒子耐性がなかったが故に、指揮官としての非凡な才能を開花させたのだ。


「この私の意志を込め、「破邪」と共に託そう。今回、私たちの代わりに「黒い牙」を討伐する彼らに託そう。

 では我がネア・マクリ帝国から黒い牙の喉に刃を突き立てる者たちを紹介しよう。全員が魔粒子耐性を持ち、全員が宙源石を取り入れた精鋭だ!」




 デッドエイック将軍が横にずれる。入れ替わるようにまだ幼さを残す黒髪の少年が進み出てきた。まだ十五歳の天才魔術師だったか。緑色のローブ姿、手には杖を持っている。いかにも魔術師、というスタイルだ。

 ファンがいるのだろうか、観衆の一部から黄色い声援が飛んでくる。


「帝国でも数人しかいない魔術師のひとり、ルアンだ。彼は最年少の魔術師にして帝国で最も強力な魔術を扱うことのできる天才だ。今回ルアンは自ら討伐隊に志願した。私たちに代わり多くの魔物を駆逐してくれるだろう」


 ルアンが軽く頭を下げると、拍手と共に女性の「がんばってー」とか「無事に帰ってきてねー」とかいう声が響いた。過酷な旅になることをわかっているのかいないのか。とりあえず熱心なファンがいることはわかった。




 ルアンが後ろに下がるのと同時に、目の細い赤髪の男がにやにやしながら前に出てくる。見るからに軽薄そうで聴衆に手を振っている。服装も王族のパーティーにでも参加するかのような豪奢な恰好。とてもこれから旅に出るとは思えない。


「彼の名はベルナルド。あまり知られていないとは思うが、ベルナルドも帝国特別部隊に所属し、対魔物を専門にしている。彼も必ずこの旅で役に立つだろう」


 拍手が起こる。ベルナルドは投げキッスで返している。三十過ぎの男だったはずだが何をやっているのか。私にとっては苦手なタイプのようだ。




 しばらく聴衆を相手にしていたベルナルドが引っ込むと、続いては背の高い女性が出てきた。白い服に青いロングスカート。茶色の髪は斜めに束ねられている。


「彼女はシンティア。貴族のお嬢様に見えるかもしれんが、立派な帝国特別部隊の一員だ。彼女も魔術師だ。皆の助けになることは間違いない」


 今度は男性陣から野太い声援が降り注ぐ。確かにスレンダーな美女だと思う。しかし魔術師が二人とは帝国は何を考えてこの人選にしたのだろうか。




 シンティアが戻った直後、観衆から怒号と悲鳴が混じったようなこれまでで最大の歓声が沸いた。代わって姿を表したのは、銀髪、黒い鎧に身を包んだ意志の強そうな目をした青年。


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