13.元長老の失敗2(パチャラside)


 そこでわしは見つけてしまった。


 二階建てくらいある、猪型魔物の死体が積み上げられた山を。


「これ、わしがやったやつじゃのう」


 愕然とした。


 戻ってきてしまったようじゃ。魔物の死骸は以前より腐敗しており、魔粒子もなくなっている様子じゃが、周辺の景色や積み上げ方は記憶にあるまま。どうやら一ヶ月間で周辺を一回りしただけだったみたいだのう。


 今更ながら自分の無計画さを嘆く。この広い大陸で希望の芽と呼ばれる冒険者たちを見つけるのは不可能ではないかという気になってきた。


 地図を確認しながら西へ戻りつつ十日ほど進んでみる。大陸の中ではまだ北部に位置している場所じゃ。山岳地帯が見えてきた。相変わらず魔物には出くわすが人間の気配はない。あの山脈を越えると、大陸の中央部と呼ばれる地域に入るはず。北部では冒険者に出会わなかったが、中央部ならどうか。



 いや、と首を振る。


 あてもなくお告げと直感を頼りに旅をしていても誰かに会える気がしなくなってきた。もう少し作戦を練るべきじゃった。

 少なくともまずは東へ向かい、ヒュームの町まで行って情報を集めるべきであろうか。時間や距離のロスは痛いが、無計画な旅を実行したわしが悪いのだから仕方ないかの。



 ふと、背後で物音が聞こえた。振り返ると下半身が馬で上半身が人のような魔物がおる。顔は鹿を醜悪にしたような感じで、わしのことを明らかに狙っているようじゃ。三十歩にはまだほんの少し距離があるので力は奪えておらん。


 わしは半人半馬の魔物を倒すために近付こうとした。


 そこで足を止める。


 いかんのう。手に持っているのは弓矢じゃ。半人半馬の魔物は慣れた動作でこちらに向けて弓を弾く。


 わしは咄嗟に近くの茂みに飛び込んだ。ほとんど同時にヒュッという矢が風を切る音がした。茂みから顔を出して魔物を確認する。魔物はすでに次の矢を構えている。


 これはまずい。無駄な動作がない。魔物から魔粒子が漏れ出ているわけではないので、そこまで強い魔物ではなさそうじゃが、相手から力を奪うラクサーは、あと十歩程度近付かないと効果を発揮できん。


 次の矢が発射される。わしは慌てて大木の陰に隠れる。木に矢が刺さったのがわかる。そして見えないものの、足音で魔物が動いているのも聞こえた。回り込むつもりのようじゃ。周囲を確認すると、近くに木が密集している場所がある。わしは姿勢を低くして密集地に飛び込んだ。


 矢が一本、二本と近くに刺さる。


 危なかったが狙いの付けづらい位置を確保できたのう。遠距離ではわしに当てることが難しいと判断したようじゃ。魔物は弓矢を構えながら徐々に近付いてくる。近付けば仕留められると思っているのかのう。余裕すら感じる歩みじゃ。


 そして。


 ラクサーの射程距離に入ると魔物はそのまま崩れるように倒れ、弓矢を手放した。力を吸い取れたようだの。


「お互い油断しちゃいかんのう」


 わしは半人半馬の魔物に近付いて肉体に触れる。吸い取った力でダメージを与える。身体が跳ね、吐血するとすぐに魔物は息絶えた。やはり遠距離攻撃持ちとはあまりやりたくないものじゃ。


 魔物から離れ、歩き出そうとすると今度は声が聞こえた。それもかなり近い。


 わしは瞬間的に身を屈めて周囲の様子を伺う。


 誰もいない。気配も感じない。




「……イ。……えるか、ジジイ……」


 ん? この声、この喋り方……。


「まさか、ファーラングかの?」



 改めて周囲を見渡すが、木が茂るばかりで動くものは見えん。それにくぐもった声ではあったが、もっと至近距離で話しかけられたように思えた。

 そこでファーラングにもらった首飾りに思い至る。首飾りを手に取って話しかける。


「中に入っているのは大地の恵みじゃな」


「お! ようやく聞こえたぜジジイ。そう、これがウチからのプレゼントだ。気に入ってくれたか?」


 なるほど。通信用の大地の恵みが入っていたのじゃな。


「ありがたいのう。わしが寂しがると思って話し相手に……」


「そんなわけあるか! 耄碌してんじゃねえぞ」



 寂しさを紛らわすためのプレゼントではなかったか。それはそれでちょっと残念じゃ。


「では、何のために?」


「ジジイはな、ウチら村人のことはよく考えてやがるくせに、自分のことになるとほんっと無計画だからな。今頃困ってんじゃねえかと思ってたんだよ。当たってるだろ」


「さすがファーラングだのう。正解じゃ、正直困っておる。未だ誰にも出会わないのじゃ」


「あったり前だろ! この広い大陸の、しかも魔物の土地でそんな簡単に人に出会えるわけねえだろうが」



 ファーラングの正論は耳が痛くなるわい。言われてみればその通りじゃ。なぜか旅をしていれば希望の芽に会えると確信していた。今となれば恥ずかしい。


「冷静に考えたらすぐわかることじゃった。本当に申し訳ない」


「予想通りだったから構わねえって」


 そこでさらに疑問を抱く。


「しかしファーラングよ。大地の恵みはかなり小さいが、これで通信できるってことはお主近くにいるのか?」


 大地の恵み、つまり宙源石は身体に取り込んだ場合を除いて大きいほど効果も上がる。首飾りに入っている大きさでは、歩いて三日程度の距離までしか通信できないはず。




「外れだ。ウチにはジジイが今どこにいるのかすらわからねえよ。それにジジイの歩く速さについていけるわけねえだろ。

 実はな、言ってなかったけどウチのもうひとつの能力が『大地の恵みの威力を上げる』ことだったんだ。その分使える時間は短くなっちまうんだけどな」


 ガウリカ族はラクサーともうひとつ能力を持つ。もうひとつの能力はほとんどの場合村中で共有されるが、例外がある。


 自分でも能力の使い方がわからない場合と、もうひとつの能力がない場合。


 ファーラングの場合は前者じゃ。元々「何かに触れれば力を発揮できる気がする」とは言っておったが、触れるものが大地の恵みとはわからなかった。彼女は鉱山で働いたこともないしの。聞けば自分の力に気付いたのは、わしが旅に出る五日前だったそうじゃ。


 ちなみに後者のもうひとつの能力がない場合というのはわしじゃ。百年にひとりという割合でラクサー以外の能力を持たぬガウリカ族。


 じゃが、ひとつしか能力のないわしだからこそ、今回新しい力をもらえたに違いない。


 ファーラングも自分の力を使えるようになったのは素直に嬉しく思う。




「そうじゃったか。素晴らしい能力じゃ」


「だからよ、時間は減るけど話せる距離は相当遠くまで可能なはずだ。

 で、こっからが本題。無計画で耄碌したジジイにウチができることは何かって考えたんだ。で、思いついたのが『この力を活かして情報を届ける』ってことだ。驚くぜ、ウチがどこにいるか聞いたら」


「ということは村に戻ったわけではなさそうだの」


「そう! ウチは今ヒュームの町、トマーノってとこに来てる」


「トマーノって北東部の大きな町じゃな。若いころ行ったことがあるわい。大分遠いところまで行ったのう」


「ジジイほどじゃねえけどな。それでな、ここでいい話を聞いたぜ。

 まずひとつめ。このトマーノって町から四人グループが魔王討伐のためでっかい亀に乗って出発したらしい。しかも一ヶ月前だ。ジジイが出発したのとそんな変わらない時期ってことだな」


「本当か!」


 詳しく聞くと、トマーノの町でもそこそこ大きい会社の社長が、社長の座を捨てて旅に出たようじゃ。三十歳くらいの男で傭兵派遣会社を経営していた。そこで傭兵をしていた選りすぐりのメンバーを三人連れて行ったとのこと。南西へ向かったところでぶつかるサンレモ川沿いを西に進む道を選択したらしい。


 間違いない。お告げで言われたレイサスという男じゃ。


 地図を広げて確認する。サンレモ川はこの旅ですでに三度渡っている。ここからなら北へ行けば二日とかからずぶつかるようじゃ。川を挟んだ反対側はちょうど山岳地帯になっているが、しばらく東へ歩けば平地に出る。周辺には森も少なく、見通しのいい川である。魔物に見つかりやすい半面、魔物を発見しやすい。もちろんわしにとっても四人グループを見つけやすい。いいルートを選んでくれたようじゃの。



 当面の目的が見えた。


 トマーノから出発した魔王討伐隊を探すこと。


「黄金にも勝る情報じゃ。ファーラング、感謝するぞい」


「い、いや、そっ、それほどのことしてねえよ。と、とにかくジジイ、魔物に殺されんじゃねえぞ。もう通信時間が限界になりそうだ。また情報を手に入れたら連絡するからよ、大地の恵みの力、補給しとけよ」


 ファーラングは慌てたように通信を終わらせた。ちょっと照れていたようにも感じたのう。普段は暴れてばかりじゃが、通信という形でわしを手伝ってくれるとは。かわいいところがあるわい。


 何よりメリットが大きい。わしは旅をして直接希望の芽と接触したい。しかし、誰がどこにいるか全くわからないし、偶然に頼るには大陸が広すぎることを思い知らされた。

 ファーラングはヒュームから集めた情報をわしにくれる。危険な旅に彼女を巻き込むこともない。



「まずはトマーノ出身のレイサスが率いる四人のグループじゃな」


 わしはサンレモ川を目指し、再び北へと足を進めた。


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