11.長老の余生2(パチャラside)

「しかし長老……いやパチャラ様。昔はこの地に骨を埋めると仰っていたのに、最近になってなぜ引退するだの旅に出るなどと言うようになったのでしょうか? 世界を見て回りたいなどという曖昧な言葉では納得できません」



 当然出る疑問じゃな。


 そもそもわしはこの村で一生を終えたかったし、終えるつもりでおった。


 魔物からこの村を守ることは、ガウリカ族の力をもってすればさほど難しいことではない。周辺の町や村がすべて魔物の土地となった今でも、ガウリカ村だけは存続していることからも明らかじゃ。


 であるならば、ここで生まれ朽ちていくことは自然なこと。




 そうなる予定であった。


「夢じゃよ」


「夢? 寝ているときに見る夢ですか?」


「そうじゃ。町ひとつ分もあるような緑の大樹が砂のように崩れていく夢を見た。その夢の中で誰ともつかぬ声で『旅に出なさい。魔王を目指す希望の芽たちを助けるのです。あなたも希望の芽のひとり。あなたに託します』と言われてのう。何のことだかわからんが、お告げだと確信した。従う他ないと感じたのじゃ。

 ガウリカに伝わる唄にも


『緑の大樹が朽ちるとき

 黒き大樹が隆盛し

 遠き旅路の果てに

 もうひとたびの夢を見る』


とあるじゃろう。奇妙な一致に思えての、残り少ないこの命、お告げに捧げると決めたんじゃ」



 チャリタリだけではない、他の皆も理解に苦しむ顔をしている。こればかりは夢を見た者にしかわからん感覚じゃろうて。説明できぬのが残念じゃ。


 それに。


 お告げはこれだけではない。


 まだまだ続きがあるからのう。さすがにこのあとは皆にも言えん。


 絶対に言えんわい。



 理由はさておき、わしが長老の座を譲ること、旅に出ることは納得してもらったようで何よりじゃ。



ーーーーーーーーー



 翌日の朝、皆に見送られて村を出た。簡素であったことに皆の優しさを感じる。大々的にやるともう帰って来ない雰囲気になりがちじゃが、あっさりしていると「どうせすぐ帰ってくるんでしょ」という感覚になる。ありがたい限りじゃ。

 濃紺のズボンに茶色の服。緑のバッグを背負って出発する。


 村の皆は北の地に希望を見出し、わしは南の地へと歩みを進める。いよいよ旅の始まりか、何となく感慨深いのう。


 旅の目的は希望の芽を助けること。この広い大陸で、希望の芽と呼ばれるものを見つけ、助けることが今のわしの使命。


 何をどうやったら助けることができるのかはわからん。

 助けよ、という言い回しから場所や道具ではなく、人であることはおそらく間違いないじゃろう。希望の芽たち、と言っていたことからひとりではないこともほぼ確実。


 人を助ける。


 果たしてこの老いぼれが魔物の国で人助けなどできるかは疑問じゃ。そもそも希望の芽という者たちを見つけることができるのかも不明ときておる。


 だがそこは自分の直感を信じるのみ。


 わしは若いころから最後はすべて直感に任せてきた。それで大事な場面はすべて乗り切ってきた自信もある。今回もあるがままに進むだけよ。


 歩みを早めようと思った矢先、後ろから声がした。



「足が速いんだよジジイ」


 振り返るとファーラングが息を切らしながら歩いてくるところであった。まあわしをジジイ呼ばわりするのは彼女しかおらんからの。緑の長い髪はウェーブがかかっており、強気な目がこっちを見ている。

 ついこの間まで赤子じゃったのに、今は十八歳。時の流れは早いのう。誰もが見とれるような美人に成長したわい。


 中身を除いてじゃが。

 こやつは一言で言うならお転婆娘。いっつも村で暴れよる。才能はチャリタリより上だと思うんだがちょっと残念だのう。


 しかし、何の用で来たのか。「一緒に旅したい」とか言ったら断らねばならん。いくら才能があるといっても、さすがにわしの進む速さには付いてこれん。魔物との戦いもまだまだ経験不足じゃ。


 そんな心配をよそに、ファーラングはわしの前へ辿り着き、何かを渡してきた。


「これは……首飾り、かの? それにしては少し重いが」


「ジジイが寂しがると思ったんだ。とりあえずそれで満足しとけ。開けんじゃねえぞ」


 まさかあのじゃじゃ馬が餞別をくれるとはの。首飾りは革製品で、ガウリカ族の紋章が焼印されておる。革は袋状に縫い付けてあり、口はきつく縛られてているが金属か何かが入っていてずっしりとしている。この重みが故郷を感じられるような気がしてありがたい。


 わしは深くお辞儀をした。ファーラングは照れくさそうにしておる。


「ジジイは大地の恵みがひとつしかねえんだから、無理すんじゃねえぞ」


「そういえばそうじゃったな」


「ボケてんじゃねえぞ。ま、そういうわけだからウチはもう行くわ。やることあるんだ」


「そうか。わざわざすまんのう」


「そんじゃなジジイ。死ぬなら自宅で死ねよ」


 わしは微笑む。何度か振り返りながらファーラングは戻っていった。もう少し喋っていたらお互い名残惜しい気持ちが強くなるところじゃろう。そういうところも賢い娘じゃ。やる気が出てきたわい。



 もらった首飾りを首から下げる。


 予定は決まっておらぬが、進路を南から南東へ修正する。希望の芽とやらが旅に出たとすれば、東から西へ向かうことになる。必然的に情報は東に行くほど増えるはずじゃ。


 無論、東へ進み続ければ人間の領土じゃが、わしが合流したいのは希望の芽。あくまでも旅をする者たちじゃ。人間の土地までは行かぬように探すとするかの。



 自分の無計画さに思わず笑ってしまう。そして同時に呟いてみる。


「こんないい加減な旅で出会えた者、それは希望の芽に違いない。そうじゃろ?」



 もちろん世の中そんなにうまく行くはずがないのを、わしは間もなく知る。


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