10.長老の余生1(パチャラside)
「長老! 本当に引退されるおつもりですか!」
「しかもおひとりで旅に出るなど!」
「周りはすべて魔物の領地ですぞ」
「残された我々はどうすればいいのですか」
「ジジイは大人しく茶でも飲んでろ」
「危険です。ぜひこの村に残るというご英断を」
村の者が口々にわしを引き留めようとする。もちろん意見を翻すつもりはなく、ガウリカ族の長を引退する意志は固まっておる。
ガウリカ族は緑色の髪が特徴の部族じゃ。
他の人間たちとは物資の交換をするくらいで、あまり交流を持たない民族と言えるじゃろう。かと言って他の民族に争いを仕掛けることもない、比較的温厚な民族。
そんなガウリカ族じゃが、緑の髪以外に特筆すべきものを持っている。
それは「大地の恵みを身体に宿したまま生まれてくる」ということ。
しかも二つ同時にじゃ。ガウリカ族以外で大地の恵みを二つ取り込んだ人間をわしは知らん。とにかく、ガウリカ族は基本的には特別な力を二個持っとる。
そのおかげで魔物の侵攻からも村を守ることができているのじゃ。わしはここ何年か魔物と戦っておらん。むしろ村はチャリタリによって守られておると言っても言い過ぎではない。
十日ほど前にわしは長老の座をチャリタリに譲ることも伝え、チャリタリもそれを引き受けてくれたはずじゃったが、ちゃっかり反対しているのはなぜか。
困ったものじゃ。
チャリタリはまだ六十歳になったばかりの小娘じゃが、視野が広くいくさも強い上に勉強熱心で人望だってある。我がガウリカ族特有である緑色の髪には白髪も混じってきていて、それが反対に一族の長としての尊厳を増しておるくらいじゃ。
長老を継ぐに相応しい人物だというのに。
「何度言われてもわしの意志は変わらん。長老を引退し、残り少ないこの命尽きるまで、世界を見て回る。これはもう決めたことじゃ。そもそもわしの力を借りることなく、何度も村を魔物から守ったではないか。お主らはもう次の時代に生きることができるのじゃ」
「しかし! ヒュームの町との交易はどうされるのですか!」
「ヒュームの町と交換する資源が間もなく尽きます」
「ヒュームの町と交流しなければいずれ滅びますぞ」
「残された我々はどうすればいいのですか」
「ハゲ散らかしてんじゃねえぞジジイ」
「せめて当面のご指示を」
ヒュームとはわしらガウリカ族が呼ぶ一般的な人間たちのこと。同じ人類ではあるがガウリカ族と他の人間では能力や特徴の違いが多いため、ガウリカ族と区別してヒュームという呼称を使っている。
そのヒュームたちとわしらは交易を行っておる。交易のためにこちらが差し出しているものがなくなりかけているのじゃ。
何とか自らの智恵で乗り切ってほしかったが仕方がない。どちらにせよあと数年したら自分たちの力で切り抜けなければならん。最後にある程度の方向性は伝えておくかのう。
わしは二枚持っている地図のうち近隣地域のみ描かれている一枚を取り出し、皆に指し示した。この村は巨大な大陸の中央北部に位置しており、現在は村の周辺全方面が魔物の領地となっている。年に数回、必要な物資を交換しているヒュームが住む地域までは東に五日ほど歩かねばならぬ。
まさに陸の孤島。
わしらは生活に必要な道具を求めてヒュームの町に行く。欲するのは布製品や金属加工品、珍しい食材などが多いかのう。
反対にヒュームの町が求めているのは「宙源石」。ガウリカ族では「大地の恵み」と呼んでいる石じゃ。
大地の恵みが採掘できる地域は大陸でも限られているし、何より貴重だからの。手のひらに乗る程度の量で村人全員が三ヶ月困らない程度の物資と交換できるのじゃ。
その大地の恵みがこの村最大の収入源じゃが、最近は採掘量が減っておる。鉱夫の話ではもってあと五年と。さすがにガウリカ族の身体を切っても取り出せんからのう。
これが一族の抱える問題となっておる。
当然新たな鉱脈探索は行っている。見つかれば安泰じゃろうが、見つかる保証はない。そのため、大地の恵みに替わるような交換材料が必要というわけじゃ。
さて。
わしが指を置いたのは、ただでさえ北にあるこの村のさらに北。
海である。
この場にいる全員に語りかけた。
「まだ魔物がこの辺りを支配する前に、北には港町があったのは皆も知っていよう。その港町沿岸ではたいそう珍しく美味な魚が獲れたそうじゃ。また、近くの岩場には東の王国で宝石として取り引きされる白い宝石を生み出す貝がおる。どちらもかなりの高額で買い取られたと言われる」
無言で部屋の奥へ戻り、引き出しから貝殻を持って来て続ける。
「これが宝石を生み出す貝の貝殻じゃ。お主らにやろう。中身はわしも見たことないが、ヒュームの町へ行けば情報なら手に入る。まずは町へ行き、情報を集めるのがよかろう」
わしはチャリタリに貝殻を手渡した。チャリタリは目を輝かせて貝殻を凝視している。
「今後の方針はみっつ。長老パチャラとして、最後の言葉。遺言と思って胸に刻むのじゃ。
ひとつ。北の港町を魔物から解放し、ガウリカ族の領地とする。
ふたつ。港町沿岸で漁業を開始し、魚を獲得できるようにする。
みっつ。白い宝石を生み出す貝を見つけ、我ら一族の手で繁殖できるようにする」
ちょいと恰好をつけて演説ぶってみたが、効果は覿面のようじゃ。
「おお! さすがは長老」
「素晴らしい方針でございます」
「ではこのチャリタリ、パチャラ様より長老の座を引き受けましょう」
「それと並行して大地の恵みの鉱脈探しもしていけばより盤石ですな」
「そういうことは最初から言っとけよクソジジイ」
「これならば我らガウリカ族は百代栄えましょう」
驚くほどの手のひら返しじゃが、納得してくれたようで一安心だわい。これでわしも長老を引退。残り少ない人生は旅に捧げようかの。
そんなことを考えていると、チャリタリが話しかけてきた。
「しかし長老……いやパチャラ様。昔はこの地に骨を埋めると仰っていたのに、最近になってなぜ引退するだの旅に出るなどと言うようになったのでしょうか? 世界を見て回りたいなどという曖昧な言葉では納得できません」
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